暁降りの間まで 8 




 ヒューゴが出て行った後。シーザーは構わず、ベットの上でゴロゴロ寝転がっていた。
 起きたところで、明確な目的は存在していない。
 
「……早く戻りたいところだよ……」

 と愚痴ったところで、現状が好転し、ビッキーのロッドが直るわけじゃない。
 太陽が昇ってから朝食を食べるには過ぎた時間。
 食堂も人が減っている事だろう。
 嫌な奴に会うことも無いだろう。

 シーザーは、寝癖頭をかきむしると、布団の上に放置していた服を引きずり寄せ、ごそ
ごそとベッドから降りた。




「随分と贅沢なものだな」

 食堂に入って、テキトーに朝食をオーダーして待っていると、一番聞きたくなかった冷
徹な声が耳に届いた。
 脱力して机に伏していた頭を持ち上げると、件の宰相…いや冷徹鬼才の老軍師が傍の席
についていた。
「……客分扱いなんだから、寝坊しようが勝手でしょうが…」
「確かにだが、日常的にそう感じ取れるが…?」
 ホンの少し口の端を上げてみせる表情がなんとも忌々しく感じられた。
「…そういう、宰相殿はこんな時間、こんなところで油売ってていいんスか?」
「今日は休みだ」
「はァ?」
「天威殿が今日は休みを充てられた。だから政務は無い」
「鶴の一声って奴かよ…」
 さすが王様。とからかう様にぼやくと
「…普段なら聞き入れるつもりは無いのだがな。天威殿のたっての願いであったし、時間
が限られているのだから、多少の融通を聞いてもこちらには大した問題ではない」
「…………」
 朝食が運ばれた。シュウの机にも恐らく、超がつく名産物であろう緑茶が置かれていた。
「で、何してるんすか?此処で?」
「暇になったからな。
 貴様に付き合ってやろうと思ったまでだ。
 だから、さっさと朝餉を食べろ」
 何とも勝手で一方的な言い分だった。付き合う、ではなく付き合わせるといった表現だ
ろうが、と噛み付きたいところだが言った所で勝てるわけではないのだから諦めた。




「…で、今日は何に付き合えばいいんスか……?」
 渋々嫌々シュウの後をついて行けば、着いた先はシュウの執務室。
 日常の激務を思わせる書類の束が所狭し、と並べられてはいたが、僅かに入ってきてい
る日光で日向ぼっこしている猫の姿に、微笑ましい違和感を覚えた。
「将棋だ」
 そう言った先には使い込まれ角の取れた台と駒が置かれていた。
「チェスの次は将棋っすか…」
 …確かに、先日の約束では天威に勝利すればチェスの相手をするという内容だったが、
軍師でありながら天威に負けたシーザーは、シュウとの一局は無いものとなった。
 シュウが仕える主。だからこそ負けた…とは思いたくは無いが、それでもマッシュ・シ
ルバーバーグの直弟子であり、アップルの兄弟子が認めた人間は一筋縄では行かなかった。
 自分の軍師としての矜持を完膚なきまでに砕いた。
「……昨日、王様とチェスして負けた俺と対戦してくれる理由、聞いてもいいスか?」
「……暇が出来たからな」
 と何食わぬ顔で、駒を揃えていく。シーザもそれに習い、自陣営の駒を並べていった。
「…………」
「後、天威殿はチェスより将棋の方を嗜んでおられる。
 故ゲンカク老師の手解きは、生半なものではないようでな」
 シュウ自身、チェスと将棋と比べれば、シュウも将棋を嗜んでいる。戦略構築の難易度
から考えれば、減算型のチェスより減算加算型の将棋の方が高い。獲った駒を自陣営にて
使うことが出来る……。
「より現実的な遊戯って事っすか……」
 パチンと王将を置き、シーザーは顔を上げた。
「…統一戦争時、将を失い、撤退を余儀なくされ、裏切りに合う事などざらだった。
 同様に、敵陣営からの離反・参戦もあった。
 実際に兵を動かし予行をする事は不可能だが、この卓上でなら何度負けようが失うもの
は無い」
「…………」
「縁が無いわけでもない。
 今日一日付き合ってやる。
 恥をかなぐり捨て、愚策をも用い、私に勝ってみせろシーザー」
 絶対の自信から出る言葉に、シーザーは怒りを通り越し未知への興奮を覚えた。
 アップルが慕う兄弟子、マッシュ・シルバーバーグが破門を下した鬼才。
 アップルから当の本人の話を聞かされる度に、アルベルトとは違う関心を抱いていた存
在。いつかは会って少しなりとも論議を交わしたいと思っていた。
 願ったりも無い相手。
「…昨日、期待させたのはどういう理由?」
「邪魔なでっぱりは先に落としておいた方がいいからな」
 白々しく言い放つ。
「…アンタ、自分の主君に咬ませたってワケ?」
「軍師でもない天威殿に負けた方が、効果はあっただろう?」
 確かに。昨日負けたのがシュウであったのなら、自分でいくらでも言い訳をしていただ
ろう。負けた事にあそこまで、ショックを受けなかったかもしれない。
「…ナンにせよ。鬼軍師ってのは正鵠得てるってワケね……」

「無駄口を叩くな。大して時間は無いぞ」
「りょーかいっ」
「先攻は貴様にくれてやる。精々、戦略を練り上げるんだな」
「ぜってー、一泡食わせてみせる」
そう言い放ち、歩を進ませた。













 (last up 2008 02/10)   
 皆様、明けてます。遅くなりました。
 シーザー再戦。ってわけですが内容としてそう幅を持たせられないので
 短文で申し訳ないっす…。
 次、やっとのことで真の紋章継承者同士の会話になります。
 早い目の更新を祈ってやってください。