チュンチュンと小鳥の囀る声が遠くから聞こえる。
窓から射す光は白く明るく、本日は晴天のようだ。
「…もう、朝なんだ…」
やる事成す事の無いヒューゴは、昨日夕食をメンバーと食べた後、早々に宛がわれた部
屋に入った。国主が言うとおり部屋は見事に整えられたもので、華美、というわけではな
いが居心地の悪さを感じさせない部屋の造りだった。
部屋には自分以外に姿は無かった。シーザーは何があったのか、非常に落ち込んでいて
夕食後は「ちょっと散歩してるよ」と言ったきり出て行ったまま、ナッシュとゲドは早々
に酒場入り、クィーン、クリス、ビッキーに関しては余計な詮索は失礼、との事で詳しく
は知らない。
隣のベッドで寝ているシーザーは頭から布団を被って起きてくる気配は無い。
『…昨日、何かあったのかな……』
基本的に朝が遅いシーザーであるわけで、ここで起したとしても起きるわけない。
少し肩を落とすと、ヒューゴは寝台を降りてレストランに向った。
とりあえず朝食メニューを頼む。場所が変わればメニューも変わる、といったところで
いつもメイミが作ってくれるメニューとは違っていて…中華系といものだろうか野菜の具
が沢山入った米を柔らかく煮た…粥が出された。ウェイトレスに訊ねれば、このメニュー
がこのレストランの今の一番人気らしい。
食べてみると、味付けはあっさりした塩味のもので油気は全くなし。鶏肉を細かく割い
たものが入ってはいたが、狩猟民族であるヒューゴにしてみればなんとも味気ない食事だ
ろう。
『何かスープだけって感じで、あんまり食べた気にならないや…』
周りを見てみると自分が見知った顔の人間は見当たらない。クィーンは兎も角として真
面目が鎧を着て歩くクリスの姿も見えないとは一体どうした事か。…自分よりも早くに朝
食を済ませたのだろうか。ビッキーの姿も見えない。…ビッキーの場合は規則正しい起床
は想像出来ないから、あまり気にもならないが…。
『…ま、城にはいるだろうからいっか…』
食事を終えると行動の為の目的が消失する。
シーザーが復活しているようなら、退屈もしのげるだろうが。ナッシュやゲドとは流石
に付き合いづらい。
『天威…に、訊きたい事あるけど、ちゃんと訊けるかな…。
とりあえずまた…、城の中散策してみるか…』
今日の銀嶺城周辺の天気は快晴。デュナン湖を渡った先にあるリューベの山陰までうっ
すらとだが確認できるぐらいだった。城内の人々は天気同様に穏やかにそしてにこやかだ
った。ビュッテヒュッケ城のように戦争の影に怯える事無く、城の人々は健やかに生活を
送っているようだった。
様々に並ぶ店先には色々な品物が所狭しと並び、色とりどりの服装の人間が珍しい品物
を売り買いしている。
『いいな…、みんな元気そうで…。
それにここは平和だし…。
はやくグラスランドから争いをなくしたい…』
「……。
おはよう、ビッキー」
少し呆れを含んだ驚いた顔のイーヴァ。
「おはようございます、イーヴァさん」
ビッキーはいつもどおり満面の笑みだった。
「もしかしなくとも…、そこで寝ていたの?」
「はいっ、なんだか懐かしくなっちゃって。朝起きたら、此処に居たままでしたっ」
イーヴァが指す『そこ』とは、銀嶺城正面玄関入って右にある『瞬きの大鏡』の横、15
年前ビッキーが常に立っていた場所だった。この場所から何回もビッキーはテレポートで
仲間を移動させ、天威達は手鏡でこの城に戻ってきた。
「……事後確認、ってことになるんだろうけど。
誰もテレポートで送ったりしてないよね…」
「はいっ、流石に私だって杖が無い状態でテレポートはしませんよっ」
「そう、ならいいんだ」
安堵の溜息を洩らすが、
「…でも、夢でテレポートかけた覚えがあるんですよね〜。誰も前に居なかったらいいん
ですけどっ」
「…………」
誰も巻き込まれていない事を祈ったイーヴァだった。
「昨日からあの場所に居たんだよね?」
「は〜い、ヒューゴさん達と夕食食べた後、お風呂に入って、ちょっと見るだけのつもり
だったんですけどね。
前と同じように立っていたらなんか、このままでいいかな〜とか思っちゃって〜」
「じゃあ、朝食はどうしたの?」
「あ〜まだ食べてませんでしたっ」
「なら一緒に食べに行かないかい? 僕もまだ食べていないんだ」
「えっ本当ですか。じゃあ一緒に食べましょうっ!」
くるりと黒く長い髪と裾の長い白いスカートを舞わした。
玄関の大ホールを二人並び、他愛の無い話をして歩いていく。
「イーヴァさん、てっきりもう食べちゃったとばかり思ってました」
「うん、普段ならとっくに食べてるんだけどね。何か今日は寝坊してね」
「何時もは天威さんとですか?」
「そうだね。大体起きる時間が同じだから。偶に僕より先に起きていてご飯済ませている
時もあるけどね」
「天威さん、今も忙しいんですか?」
「……以前に比べたら、格段に忙しくなくなったね。以前はそれこそ城全体が眠る事を止
めて動いていた感じがするけど、今はそんな城事態がひっくり返るような事は無い」
「シュウ軍師、昨日会いましたけど、前より怖さがなくなりましたねっ」
「まぁ…、確かに以前よりは丸くなったかな…。
どちらかというと爪を隠している感じがするけどね。あの人は相変わらずだよ」
石畳を鳴らして歩き進んだ先に行き当たった。
階段の踊り場の前に置かれた『石版』。今も変わらずに鎮座していた。
ビッキーは小走りに近づいて上から下まで眺めると、くるりと回れ右をしてイーヴァを
見る。石版を背後にして。同じように。
「ビュッテヒュッケ城にも石版、あるんですよ……」
「そう…」
「でも、お城の中にあるわけじゃないんです…。
お城からちょっと離れた小高い丘の上に石版だけ、置かれていたんです。
私も知らなくて…、みんないつの間にか置いてあったって…言ってました。
みんなも石版の事、あまり気にしていないみたいだし…。私やフッチ君、アップルちゃ
んはたまに見たりするんですけど…」
溌剌としたビッキーの表情が翳っていく。
「…………」
「…天間星に……同じ名前、あったんです…。
今までと同じ位置に同じ名前…。
私もアップルちゃんもジーンさんもフッチ君も…みんなみんなっ同じ星同じ場所に名前
があるのにっ、なのに……、…だけお城には居なくて………」
「…………」
「敵…で、倒さなきゃいけなくて……」
「ビッキー……」
くしゃり、と表情は瞑れてしまった。
「こんな事…こんな事になるなんて……」
「……哀しいよ。哀しいよね……」
イーヴァもまたその表情を曇らせる。
ぽん、と皮手袋を嵌めた右手でビッキーの頭を撫でる。その動作でビッキーは自然にイ
ーヴァに傾れこみ、肩を震わす。
「私…ちゃんと聞いたわけじゃないけど……、ルック君五行の紋章の力で風の紋章を壊す
って…」
「うん…」
「それ、聞いた時…、私悲しかった…。でも少し、嬉しかったの…。
だって、ルック君。
この世界の事、この世界に生きている人たちをルック君なりに思って行動したから…。
いつも…いつも、つまらなさそうにして無関係みたいな態度とっていたけど…。
ルック君はこの世界のこと…皆のこと…想ってくれてたっ…」
「うん…、そうだね……」
「ルック君はこの世界のこと、愛してくれてるって…」
「…馬鹿だよね。他人のこと馬鹿だ馬鹿だって貶していたくせに、自分がやってる事の方
が馬鹿げてるよ……。
あいつのこの30年はなんだったんだって…殴りつけたいよ」
僕達と一緒に戦ってきたくせに…、何見ていたんだろうね…。心底呆れたように呟く。
「何か…僕達にだって力になれること、無かったわけじゃないだろうに……」
同じ思いを抱いた仲間がいる力は絶大なものになる。…なった。
どうしてルックが…孤独の道を選んだのか。例えぶん殴って叩きのめそうが回答を得ら
れるとは思えないので、推測するしかないが…。それでもやり切れるものではない。
「本当に…ぶん殴ってやりたいよ…」
「イーヴァさんが殴っちゃったら…ルック君、本当に死んじゃいますよ…」
ぐすぐす、と鼻を鳴らしながら訴える。
「大丈夫。僕が殴ったとしてもすぐその後に、天威が治してくれるって…」
「それなら大丈夫ですね。天威さんの威力は抜群ですし」
漸く涙は止まり、いつもどおりの笑顔を見せた。若干、目の下と鼻が赤いのは黙殺。
「…さてレストラン、行かないかい?流石におなかが減ってしまったよ」
「そうですね。行きましょう、イーヴァさん」
ぬぐった涙はすっかりと消えた。
ビッキーも元気が戻り、イーヴァと共に階段を上がっていった。
レストランとは反対側の階段をヒューゴは下りてきて。
先程までビッキーとイーヴァが話題にしていた石版の前に立つ。
いくつか名前が黒くなっている箇所があったが、108の石版の名前は全て表示されてい
る。
ビッキーの地撻星、アップルの地伏星、ジーンの地傑星、フッチの地微星……。
『 天間星・ルック 』
「……訊かなきゃ。あの人達に…」
そうヒューゴは呟いて、踵を返した。
(last up 2007 11/17) ← →
とうとう…作り置きストックが尽いた…。
次週、更新できるかなぁ〜?
当家では、幻水2は108星全員集めたけど、戦死者ありでBEというところです。
結構、ビッキーを活用しているようです。…ルッくん、愛されてるなぁ。