暁降りの間まで 5 




 銀嶺城の酒場に普段とは見慣れない客が二名。
 カウンターの奥に並び、お互い口数少なく酒を酌み交わしていた。
 一人は薄い金髪の…青年というには少々年を取っている感があるが、それでも何かしら
の若さを感じる人間だった。もう一人は黒髪の隻眼の壮年…と言える年齢なのだろうが、
年の厚みを感じさせる人間で、どちらも正体が不明な感のある二人。
 そんな二人に対して、酒場の人間は特に気にした素振りも無く、杯を傾けるのだった。



「フラれたそうだな」
「それを言うなら、そっちもだろ」
「…………」
「…………」
 二人の間に沈黙が漂う。
「てっきり、ワイン持参で会いに行くものだと思っていたのだが…」
「俺だって、そのつもりであいつの口に合いそうなワイン探してたんだが、先手取られち
ゃどうしようもないだろう…。
 それより、俺としては捨て置かれたお前の方が問題な気がしてならないが?」
「……ヒドイ表現だが、捨て置かれた、という例えは全く的を射ていないぞ。クィーンが
どこで何をしようと勝手だろう…」
「…………」
「…………」

「は〜い、お二人さん。ほんとがどうだか構わないけど、負け犬の遠吠えでしかないから
さ、大人しくいこうや」
 ドンッと二人の間にワインボトルを置くと、咥えていた煙管の紫煙をふかして酒場の主
レオナは去っていった。

 置かれたワインのラベルを見れば、誰もがよく知るブランド銘柄。
「…カナカン産か期待できそうだな」
「ありがたく頂戴しよう」
 トクトク…とグラスにワインを注ぎ、グラスを鳴らす事無く、杯を傾けた。
「くぅ〜、やっぱ名産地だけあって美味いな」
「悪くない…」
 ふぅと香気を含んだ息を吐く。
 銀嶺城の酒場であるならもっと活気賑わいがあってもおかしくないはずであるのに、静
かに酒を呑むに適した状態であった。それぞれが席に深くつき、浴びるように呑むのでは
なく、味わうように酒を楽しむ人間だけが残っていた。
「…随分、ここの酒場は静かなんだな……」
 グラスを煽りながらゲドは酒場を見回す。ビュッテヒュッケ城の酒場も悪くないが、こ
う、しんみり酒を呑むには適したものではなく、自室に引っ込まなければ呑めたものでは
ない。
「昔はここだって、結構な賑わい見せていたさ。
 それなりにそれぞれ落ち着いたしね。昔どおり、今も煩かったらまた別問題ってところ
でしょう?」
 刻まれる笑みは余裕を含んだもので、経験の成せるものだろう。
「…女将は長いのか?」
「アンタ達が今日、湖に落ちてきたって連中だろ?さっき天威に聞いたけどさ。
 災難だってねぇ、ビッキーのテレポート事故。どうしようも出来ないもんだろうけど、
とりあえずご愁傷様って奴かしら?」
「………。
 ビッキーのテレポート事故ってのは頻発するものなのか?」
 ナッシュも興味深げに訊ねる。
「そうさねぇ。そこまで頻発するものでもなかったと思うけど?
 偶に起こる程度で……。
 まぁ私達の場合は瞬きの手鏡でどうにかなる程度だったから、問題にならなかったんだ
ろうけど…」
「国境越えるような事は、過去には無かった、てとこか……」
 とんでもない災難だったわけだ、今回のこのトラブルは。えらい迷惑な話だ。
「ま、色々思うところはあるだろうケドさ、酒代はこっちもちだから自棄酒呑むなり好き
にしなよ」
「恩に着る」





「クィーンは……」
 と開いて、すぐ口は閉じた。普段から他人に干渉せず他人からの干渉も受けないこの人
間から固有名詞が出てくることは珍しい。そしてそんな自信をよく知っているから、言い
かけた言葉を飲み込んだ。
「…………」
「…………」
 飲み込みきれず、ワインのグラスを傾けた。
「聞きたい事があるなら、素直に聞けよな…。
 幸運にもここは、にぎやかなビュッテヒュッケ城ではないし、アンタを知る人間もから
かう人間もいないんだ。
 それこそ…、好機と思って息抜きしたらどうなんだ?」
 どっかの誰かが言ったような言葉だな、と軽く酩酊した頭でナッシュは隣の中年に対し
て溜息をつく。何が悲しゅうて傍からはそうは見られていないだろうが、落ち込んだ親父
と酒を呑まなければならないんだか…、心で愚痴って杯を煽った。
「…何を話していると思う……?」
 左側の席に座った所為で、ナッシュからはゲドがどのような表情をしているか、確認で
きないが。
「判っている事をわざわざ聞くなよな…。
 口下手なのか何なのか知らんが、知りたいことを話そうとしない朴念仁に痺れ切らして
『同じような立場』の人間に意見を求めに行ったとしても、文句言われる筋合いは無いわ
なぁ…」
「…………」
「…つっても、あいつがそうも簡単に『ご教授』してやるとは思えねぇけど…」
 ま、そんな事は当の本人も承知済みだろう。12小隊の連中とクィーンの夜の相手との顔
合わせは最悪なカタチだったし…。
「…………。
 お前はどのくらい、彼女の後を追っているんだ…?」
「初めて出会ってから15年だ。
 本国の指令で統一戦争時出現した『真の紋章』の探索中にね……」
「結構な長さだな…」
「アンタでもそう思うか…、俺もそう思うよ。
 ……でも、諦めるって選択肢だけはないんだよな。傍からは女のケツ追い掛け回して…
て言われるような事だけど」
「…………」
「あいつに……、諦めた選択肢を選んでもらいたい…って思ったりもするよ……」
「選択肢…」
「だが…あいつはきっと、その選択肢を選ばない。俺が望んでも…」
 だからきっと…、ずっと俺はあいつを追いかけるだけ…、なんだろうな…。
「…………」
「俺はね、告って玉砕したんだよ。そりゃ告るタイミングは最悪だったけどさ。
 言っても何も答えてくれない。聞いても何も教えてくれないってワケじゃなくて、理由
を教えて、俺を拒絶したんだ。
 ゲド、あんたがクィーンをどう思ってるかは知らないがな。
 伝えるべきは伝えろ。
 いつまでも…はぐらかされ続けるのは、気持ちのいいモンじゃないんだから…」
 恐らく…あるいは、実体験に基づくものなのだろう。苦虫を噛み締めた表情は普段見せ
ることの無い、重いものだった。

「……………………」

「…彼女を信頼していないわけではないんだ…。
 ただ、『自分』とは決定的に違う『何か』だと…思われるのが、怖いんだ……」
「……違う、ねぇ…」
 胡散臭そうに吐き出す。
「俺にはちょっと長寿かもしれない、ぐらいにしか見えないけどな。
 その眼帯取ったら実は、ドラゴンに変身するんです。みたいなことでもない限り、どっ
から見ても、ただの人間だろうが」
「…………」
「そうやって迷いあぐねいているところがいい例だよ。
 怖いんだろ?淋しいんだろ?迷ってるんだろ?
 じゃあ、お前人間じゃねえか。
 俺達と同じ人間だよ。人を思いやって人に思いを馳せて…、どこが違うっていうんだ?

 俺に言わせれば、あいつだって『人間』だよ」











 (last up 2007 11/10)   
 やたら短い。といっても長く出来る内容でもないので…。
 ナッシュが言いたいだけ言って終わってしまいましたね。
 つくづく、需要の無い話を書いていると思います(笑)。