亡き人を偲ぶ 4







「やぁっとついたぁ〜〜〜」
 キャロの南の門についた時の開口一番の声である。
 燕北の峠を雪中行軍してきたナナミ達。慣れない雪道だったためか、ついた
時みんなへばってしまっている状態だった。
「…こんなに時間がかかるとは思わなかったね…」
肩で息をしながら、膝に手を置き、息を整えているアイリが誰を見ることなく
言った。
「雪が積もっていたって言う理由がまず挙げられるけど……」
マントや服についている雪を払いながらリィナが、アイリの意見に答えた。
「それ以外に、ここまで遅くなった理由が他にあるから…」
「モンスターの出現率がやけに高かったからな」
肩が寒さでこってしまったのか、右手で左肩をロウエンは揉んでいた。
「姉貴…、あたしら城出たのっていつだっけ?」
「明け方近くよ」
「それで、キャロの街についたのがもう日が暮れるのも良いとこ…」
とため息を吐くアイリ。
「まぁ、今日中には着いたのだから、良しとしましょ」
「さぁ、早めに済ましちまおうぜ。体が冷えてたまったもんじゃねえ」
「そだね。早くお墓参り済ましちゃおう」

 少し遡ってみるとする。彼女達の足取りを。
 ビッキーにテレポートで燕北の峠の入り口まで送ってもらうと、いつものご
とく入り口に見張り番が立っていた。
 強行突破をする事は彼女達であれば容易いのだが、まぁ不要な殺生ないし無
駄に動くことは避けたかったので、ここはリィナの出番となった。

 リィナの交渉?により、…今回は流石に雪という悪天候であったため、見張
りもやる気がなかったのか、見ぬ振りでさっさと通してもらえることとなった。
「今回はすんなり通してもらえるようですわ」
 見張りとの交渉から戻ってくると、いつの間にか見張り達は控えの詰め所の
中に姿を消していた。
「何たってこの雪じゃよぉ、見張りなんてやってらんないよ。
 まぁ、雪に感謝ってとこかな?」
 などと軽口を叩いて、ナナミ達は入り口を後にした。
 燕北の峠は通行止めとなっていたため、雪が踏みならされておらず進むのに
困難と要した。雪山を歩くことに慣れていないため、肩で息をしながら進む事
となった。
 しかも、進んでいくと共にモンスターの出現率も上がっていき、さらに疲労
が溜まっていく始末。逃げようとしても、雪の所為で上手いこと逃げることが
出来ず、当たった片っ端から退治して行く始末。
燕北の峠を半分も行く前に、四人とも息が上がった状態だった。
「…まだ、半分しか進んでないのよね」
 アイリなどはかなりへばっていた。肩で息をしていても、追っつかなくて今
にも崩れそうな状態だった。
「多分。雪で景色が変わっていてハッキリしたことは言えないけど、もしかし
たら半分も行ってないかもしれない」
 ナナミは流石に日頃のトレーニングが功を奏しているのか、アイリと比べる
と楽そうであった。しかし、リィナはアイリと同様にへばっているようで、ロ
ウエンは…、徳利の蓋を開けている始末だった…・・。
「ともかく…、これ以上、山の天気が変わらないうちに峠を越してしまわない
とね」
 吹雪が起こってしまったら、手の打ちようが無くなる。特に山の天気は気ま
ぐれで有名であるし、今の自分達も吹雪に襲われた時のための用意をしていな
い。
 お互いの顔を見合わせて、気合いを入れ直して出発しようとした時、品のな
い声が耳に入ってきた。

「おいっ、てめえら!! 命が惜しけりゃ金目のモン置いてきなっ!!」

 悪い事とは続くものなのか…。とうとう山賊まで出てきてしまった。
 四人一斉に、うんざりした顔になってしまった。
 山賊は、峠が通行止めとなったせいか、商売あがったりとなったせいで、山
賊達の顔はかなり窶れていた。久しぶりの獲物なのだろう。
 しかし、そんな事などナナミ達には知ったことではない。商売があがろうと
何であろうと、ナナミ達は今、この燕北の峠を早く抜けて、キャロの街まで行
かなければならなかった。
 この手の人間には『交渉』などという物は無意味な物である。それは今まで
の経験が一番物語っていた。
 そう言うわけで、


「やだね」


 のアイリの一言より、戦闘が開始した。
 マントを翻し、三節棍を構えて、接近戦可能のナナミが飛び出した。アイリ
とリィナとロウエンは、援護攻撃を開始。
 間合いが詰まり、ナナミの二打撃が山賊の一人に埋め込まれ、雪に沈んだ。
 アイリとリィナのナイフ・カード攻撃は、山賊の急所を的確に貫き、ロウエ
ンの落流星の鉄球は有無を言わさず、闇に引きずり込んだ。
 ナナミの連続攻撃、ロウエンの会心の一撃などで、秒殺されてしまった。後
には見事な、死体の数々、鮮血の花、が辺りに散らばった。
「たくっ、弱ぇくせに…、山賊だなんぞ、百年早ぇんだよ」
と頭痛を我慢しながら、ロウエンが吐き捨てた。
「はした金も持ってやしねえし…」
とかなり御機嫌は斜め。
「…でも、これでかなりこの先、楽になるんじゃないかな? こんだけ派手に
やったんだし」
 辺りを見回せば、死屍累々…。流石にこの惨状を見れば、多少も大人しくな
ると言うところか……。
 この後、山賊の出現は無くなったが、他のモンスターの出現は変わらずで、
結局峠を抜けて、キャロの街に着いた時には、もう日が暮れかけていた。



 緩やかな起伏を登って、林を抜けていった。林を抜ける頃には峠越えで疲れ
ていた体は林の中の日の当たらない冷たい空気を吸うことで、幾分か楽になっ
ていた。さくさく、ざくざくと登っていく。
 薄暗い林がだんだんと明るくなって、林を抜けた。
「ここが嬢ちゃん達が住んでいた家かい?」
 林に囲まれ、後ろが崖となっている雪に埋もれたあばら屋を見て、ロウエン
が聞いた。アイリもリィナも想像していた家のイメージと比べて思っていたよ
りすごい家…だったので、まじまじと見ていた。
「そうだよ。
 すっごい家でしょ〜。改めて見ると崩れそうな感じだもんね。…住んでた時
は、こんなに酷く感じなかったんだけどな〜」
と久しぶりに見る家に、流石のナナミも道場の痛みようには不思議でしょうが
ないようだった。
「人の住んでいない家は、痛みやすいって言うから、そのせいじゃないかしら
?」
 家の痛みようがどの程度のものか、じっくりと見ながらリィナがごくごく普
通の意見を出した。
「…それは思う。ただでさえこんなボロい家だからなぁ〜。しかもこの雪だも
ん。これじゃぁ、いつ崩れてもおかしくないよぉ」
 かなり重大な問題である。うろうろと動いて細部を見てみると、悲惨なこと
になっているようだった。
 雪が屋根に積もっている道場を見て、雪下ろしをしたいなぁという思いに駆
られるのだが、今回の目的はじいちゃんの墓参りなので、帰る前に、宿屋の親
父さんに頼めるかどうか、聞く事にしようと決める事に留まった。
「じゃあ、早速、墓参りしよう」
「そうかい。じゃああたしはどっかで一服させてもらっとくよ」
 俺の役目は終わった、ごとく徳利を担ぎその場から退散しようとした。
 がんばるぞ〜、お〜、という意気込みとなる筈だったが……
「ロウエン…、あんた今日そればっかりなんじゃない?」
 あまりにも、年寄りぶりを発揮しているロウエンに対して、アイリはかなり
呆れ加減だった。確かに最年長ではあるが…だからといってそれに甘んじるの
は彼女としてはあまりいただけなかった。
「はぁ〜、分かってないわねぇ。
 俺にとっての墓参りってのはなぁ、仲間囲んで酒飲みながらどんちゃん騒ぐ
ってのなんだよ。
 大体辛気くさいってのは俺にとって、性に合わないんでね。嬢ちゃん達で墓
参りしておいてやった方が、その爺さんにとってもいいんじゃないのかい?
 どうせ、つまんない顔してるだろうし」
 ようは退屈が嫌いというわけなのだ。
「そっか、じゃあ…、さっき入ってきた所を東に行ったら宿屋さんがあるから
そこで休めると思うよ」
 自分達に良くしてくれたおじさんがやっている宿屋。多分、この雪でも空い
ている筈である。
「そうかい。じゃあ、俺はそこで休んでるから、墓参りが終わったら呼びに来
て頂戴」
「うん。それじゃあ」

 道場の中に消えていくナナミ達を見ながら、すぐに宿屋に向かうわけでもな
くロウエンは暫く、懐に腕をかけてじっと見ていた。何を見ているのか分から
ないのだが、暫く見ていたら、しゃがんで地面と睨めっこを仕始めた。
 雪の上につけられた。足跡。それをじっとロウエンを見ていた。
「雪のことはあんまり知らないんだけどねぇ…」
 よくよく雪の上を見てみると、二種類の足跡が見受けられた。
 一つはハッキリとした足跡。ハッキリとした足跡が三種類あることから、こ
れはナナミ達のものだと言える。
 もう一種類は、雪を被って消えかけている足跡。これは二種類あって、大き
さはナナミ達のと比べて差があった。標準的な大人の足の大きさと青年くらい
の足の大きさか。
 その消えかけていた足跡。
「…一人は武人だな。こういう堂々とした歩き方は…。バランスの取れた外股
って感じか…。もう一人は、……貴族かぁ?武術の心得はありそうだけど……」
 どう見ても、気質の田舎街に住んでいる人間の足跡ではない。
「でも、まぁ…、だいぶ時間は経っているだろうし。害はないかねぇ」
 峠を登り始めてからあまり降っていなかったが、足跡をほとんど隠していた
ことから考えて、自分達が着くかなり前だろう。…大体、昼くらいか。
「心配はないって事で、飲みにいこ」
 今更考えたとしても、どうとなるわけでもないのでさっさと冷えた体を温め
に行くことにした。心配するだけ無駄というもの。



「酒と花が供えられてある……」
 家の裏手にひっそりとあった墓。
 その墓には椿の花と酒が供えられていた。墓は雪が降っていたせいでうっす
らと積もっていたが、それでも一度、雪が払われたことが分かった。
「誰かが来たのかしら?」
 街に住んでいる人が供えに来たのだろうか。足元を見ると、僅かだが自分達
以外の人間の足跡らしき物が見えた。
「…じいちゃんが好きだった椿の花に、好きだったお酒……」
「爺さんは椿の花が好きだったのかい? あまり縁起が良いとは言えないと思
うんだけど…」
 ナナミはしゃがんで、また新たに積もっていた雪を払いのけ、天威から渡さ
れた荷物の中にあった供え物、お酒や花ではないが、ハイ・ヨーに作ってもら
った、ゲンカクが酒の肴として食べていた物を、お墓にそっと置いた。
「……ジョウイも、椿の花が好きだってじいちゃんが言ったら、そんなこと言
ってた」
「……」
「ただいま、じいちゃん。ほったらかしにしててごめんね。今日はじいちゃん
の命日だから、何とかして来たんだ。
 天威はね、どうしても用事があって来られなかったの…。
 今ね、あたしと天威ね、軍にいるんだよ…………」
 ぽつりぽつりと、今までの事を話していった。キャロを離れてからのこと。
 ミューズでのこと。ジョウイと別れてしまったこと。ゲンカクじいちゃんの
こと。戦のこと。

 色々なこと




 日も暮れた銀嶺城一階、鏡の前。そこで忙しなくうろうろする影があった。
ビッキーは目の前でうろうろされて、反対に自分がオロオロし出す始末だし、
それを端で見ているルックは、かなりウンザリしていた。
 このうろうろ動いている人間天威は、かれこれ一時間以上この状態が続い
ていた。その原因は、日が暮れても一向にナナミが帰ってこない事にあった。
 自分がここで心配してもどうしようもないのだが、それでも心配で心配で
じっとしていることが出来なかった。何か大変なことでも起こってしまった
のではないか、そんな不吉な考えがいくつもいくつも、追い払ってもすぐそ
んな考えが生まれてどうしようもない状態に陥っていた。
「…ここで君が心配しようが、意味のないことだけど……」
 自分の目の前でうろうろされたらたまったものではない。
 特にルックのような人間にとったら、不愉快以上のものでしかない。…本
人はかなり諦め加減だったが……。
「分かってるよ…。分かってるけど、だからって大人しくしてられないんだ。
こんなにも遅くなるなんて……」
「目の前をうろうろされる身にもなってほしいんだけど……」
 かなりウンザリきている。このままだと、朝言ったことを撤回されてしま
いかねない状態までに。
 その事をハッと思い出して、この後、墓に連れて行ってもらえなくなるこ
とは、流石に避けたいことなので、動きたくなる衝動を堪えることにした。
 
 空間が歪んだ。
 一転に吸い込まれるように、その空間が歪んで、光と共に四つの人影が現
れて…

「うわぁっ!!」
「おうっ」
「はららっ」
「よ、酔うぅぅ。うぇ…」

 四者四様。テレポートの際の悲鳴…というものか、様々であった。
「銀嶺城に到着〜」
「あぁ、寒くないぃ、風が吹いてないぃ、当たり前だけど」
「今までずっと、外だったもの。中の有り難みがよく分かるってものね」
「……風呂」
 これらセリフから判断して、よほど寒い思いをしたことが分かる。
 それもそうだろう…。朝の早くから城を出発して、帰ってきた時はもう夜
になりかけ。
 それだけの間、外出していれば、本当に室内の有り難みがよく分かるとい
うものである。
「ナナミッ、お帰りっ!!」
 今まで一緒に行動していた仲間の顔を見合わせていたナナミに、天威が走
り寄った。
「あっ、天威〜、ただいまっ!!」
 ナナミの頬は今までの寒さのせいでいつもより、赤みを帯びていた。
「アイリもリィナもロウエンさんも、今までお疲れさまでした。
 お帰りなさいっ」
 アイリ達もナナミと同様に、頬や耳が真っ赤に染まっていた。…一人、蒼
白になっていた人間もいたが……。
「今帰ったよ、天威」
「ただいま、天威」
「おう…」
 四人の姿を見ると、本当に這々の体であった。燕北の峠を越えることがど
んなに大変だったか、伺い知ることが出来た。
「みんな、大丈夫?ほんと、無理言ってごめんなさい」
と今更ながら、しゅんと顔を曇らせる。
「はぁ〜何言ってんのよ、天威。今回のはあたし達が引き受けたことなんだ
から、お前が気にする事なんて無いって」
 相変わらずの天威に、アイリのハッキリした意見が帰ってきた。
「本当にね」
と、リィナも笑いながら答えた。
「ねぇ、天威。ところで軍議は終わったの?」
 自分達を迎えに来てくれたのは嬉しいのだが、今日も軍議があったのでは
なかったか?まさか、昨日のように短い休みをもらって、ここで待っていて
くれたのだろうか?…、などとナナミは思い浮かべる。
「軍議は夕方前に終わってね。ナナミ達を待ってたんだ」
「ほんとっ!? ありがとー天威〜」
と必殺、ナナミの愛の抱擁が久しぶりに炸裂した。
 もう、天威の頭が揺れる揺れる。あまりの勢いに、残像が起きるほどだ。
見ている方は相変わらずこの姉弟は、ほんと仲の良い…、とのんきにボケて
いる場合ではなくて、天威の頭は激しいシェイクによって、三半規管は狂い
を来たし意識もふぇーどあうと…
「……姉弟漫才はその辺にしておいて、行くよ……」
 天威の後ろに立っていたルックが、仕方なしに止めに入ることとなった。
 ここで止めなかったら、当分ナナミから解放されることはないのだから。
 珍しい人間から、ほとんど自分から喋ることのないルックが、この場所に
いて、自分に…天威に、対して喋ったことに驚き見た。
 そのおかげで天威は解放される、揺れる頭をおさえながら離れた。
「…何で、ルックがここにいるの?」
 事情の知らない彼女にとっては、至極当然な事を聞いた。
 ルックは、聞かれるだろうと分かっていたが、それでもそれに対して答え
る気は毛頭なく、居たら悪いのかと言う感情の方が勝り、非常に機嫌の悪い
顔となった。
 そんなルックを見て、天威はマズい事を聞いてしまった…と言う顔になっ
ているナナミに助け船を出した。
「ルックがね、キャロに連れていってくれるって言ってくれたんだ。
 それで、ナナミ達が帰ってくるまで待ってもらっていたんだ」
 そう聞いて、ナナミはパッとルックの方を見て、まじまじと見つめた。
 ルックは煩わしそうに顔を背けたが、ナナミはそれに対して
「ありがとうね、ルック」
にっこり笑った。
「……。
 早く行くよ……、あの軍師に見つかったら、後々五月蠅い」
と素っ気なく言った。
「じゃあ、ナナミ。これからちょっと行ってくるよ」
「うん、いってらっしゃい。
 シュウさんのことは任せておいて。あたし達どうせ、今から長風呂をじぃ
〜っくりとするつもりだから、聞かれることはないだろうし、教えて上げる
つもりもないし、 その辺、テキト〜に誤魔化しておくからっ!!」
「うんっ」
 悪巧みならこの姉弟に敵う者はない。
 天威はルックに目で合図をするとルックを中心に光が広がり、二人を包み
込むと、次の瞬間綺麗に消え去っていた。







 朝から降っていた雪は、夜には止んで。
「ただいま、じいちゃん…」






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 本人、全部上げたつもりでいました。
 Web拍手にて感想、ありがとうございました。
 本人、雪の描写に力を入れて書いていた覚えが…かなり昔の事ですが。
 満足の行く終わり方であれば幸いなのですが。
 拙いのは、笑ってやってください。(2008.06.05)

 (last up 2000)