古き英雄から 19 










 議会の終わりを告げる鐘が鳴り響いて、それぞれがジョウストンの丘の議場から出た時、三
人の足が、息を揃えて止まった。
「あれ?」
「何だ…?」
「ん?」
とヒューゴ、クリス、ゲドが反応した。
 それぞれが同じように。自分の右手の甲を見た。
「…この感じ、何?」
 傍目にはハッキリと判らないが、真の紋章が光を帯び、明滅しているような気がする。
「昨日はこんな反応、無かったが…」
 何かに反応するようにざわめいている。
「…件の英雄か……」
 三人の中で最も長い時間を紋章と過ごすゲドは、二人よりより明確に反応を感じた。
『…反応が強いな…。
 五行の…兄弟に対しての反応以上に強い……。惹かれているのか…?』
 ヒューゴがクリスが継承した時とは別の、歓喜に近い感情な気がする。
『何だ…?
 五行以上の紋章に反応するとは……?』

 この締南の英雄…が宿す真の紋章は一体、何なのだ……。



「……ふむ、思っていたより早く目覚めおったか…」
と気だるい体を起こし、シエラが一つ欠伸をした。
「シエラ?」
 新たに注いだワインを手渡す。
 受け取ったワインの香と味を楽しむと、シエラは徐にベッドの壁際にあるベルを引いた。
「っををいっ!シエラッ!」
 隠れて入ってきた以上、自分がここにいることがばれては不味い。焦って、ベッドの反対側
に身を隠す。
 程なくして、ドアを叩く音が聞こえた。
『シエラ様、お呼びでしょうか?』
「あぁ、すまぬ。体を拭きたいので水を持ってきてはくれぬか?」
『畏まりました。お待ち下さいませ』
 女官の気配は早々に離れていった。
「シエラ?」
「下へ降りるぞ」
「えぇっ!?」
「同行を許してやる。但し、会話は一切許さぬから」
そう言い放つと、乱れていた髪を払いのけた。



「あぁ…、起きたみたいだ」

「天威さん、ですか?」
 他愛無い話をしていた最中の事だ。
「うん、てっきり今日一日寝込んじゃうかなって思ってたんだけどね。
 シエラも目を醒ましたようだし…」
「シエラさんもですか?」
「うん。栄養補給出来たみたいだからねぇ」
とニンマリ笑う。
「そうですか。キチンと栄養補給出来たんですね」
とこちらもニッコリ笑う。
「……僕はよく知らないんだけど、彼ってどんな人なの?」
イーヴァが興味深げに訊ねる。
「そうですね。一言で言えば、喰えない人ですね。
 実は僕、15年前に会っていたんですけど、その時は全く彼の事知らなかったんです。
 後から、旅先で会ったりした仲間との思い出話で知るようになったんですけどね。
 僕の印象は、ちょっと間が抜けているようだけどしっかりしているお兄さん、って感じだっ
たで…」
 ま、フッチの場合、出会い方が悪かったわけだが。それでも…あの竜騒動の時、ナッシュが
いなかったら全く別の幕の引き方となっていたのかもしれない。
「ふぅん…。
 15年前、結構色々な所ではっちゃけてたそうだけど?」
「らしいですね。天さん達との同行と合致してませんから、接点はありませんが」
「意外に縁の深い人なんだねぇ…」
としみじみ呟いた。

「人の噂話をして楽しいか?」
と程なくしてシエラが入ってきた。
「おはよう、シエラ」
「おはようございます。お久しぶりです、シエラさん」
「竜騎士の…フッチであったか、久しいな。
 見ぬ間に、逞しくなった事…」
 ご機嫌のようである。
「ありがとうございます。………」
とシエラについて入って来たナッシュに視線を向けるが、ナッシュは苦笑いを浮かべて黙って
いた。
「…………」
 多分、あまり何も聞かない方が良いんだろうとフッチは察し、ナッシュから視線を外す事に
した。
「シエラ、体の方はもういいんですか?」
「うむ。大事無い」
「てっきり、しばらく眠っているのかと思っていたんですけど」
「美味いワインがあってな、それが良かったのやも知れぬ」
と持参したワインをナッシュに注がせて、味を楽しんでいた。
「よっぽどの名品だったんですねぇ」
「ワインの見立てには疑いが無いからな」

 お互い食えない者同士である。


 ガチャ、とドアが開き眠たい目を擦りながら天威が入ってきた。身だしなみは整えてはいる
が、それでもまだまだ寝起きの感が拭えていない。
「おはよ〜ございます〜」
「おはよう、天威」
「おはようございます、天威さん」
「天威、起きてもう構わぬのか?」
 それぞれが声をかける。
「シエラ、起きてたんですか〜。結構眠れたんで大丈夫ですよ〜。
 あ〜…、フッチ来てくれたんだ〜。よく来てくれたねぇ〜」
と間延びした声。
 空いていた上座に座ろうとすると、一人と目が合う。
「え〜…と、ナッシュ・ラトキエさんでしたっけ?」
「…………」
「以前はどうもです…。ゆっくり出来ましたか?」
「…………」
「天威、そやつに構うでない」
と叱責を受けてしまった。
 ナッシュとしては、15年前確かに名前を名乗っていたが、国主の耳にまで入っているとは思
ってもみず、何と言うのか複雑な心境。シエラのフォローがある意味有難かった。
「フッチは久し振りだね。
 ブライトも元気?」
「はい。お陰さまで。
 一緒に連れてきているんで、良かったら後で会ってやって下さい。ブライトも喜びます」
「うん。必ず会うよ」
「天、さっき議会は終わったと思うけど?」
「そうみたいですね。議会終了の鐘で目が覚めちゃったんで…。
 時間から考えて、何事も無く可決したんじゃないかと思いますよ」
 遅れて入ってきた女官が運んだスープを口にしながら答える。女官はナッシュの姿を確認せ
ども、何ら動じる事無く仕事をする。しっかりとした女官である。
「ふ〜ん。ま、時期が時期だからねぇ、どうなるか判らないけどね…」
「とりあえず、出来ることをやらせてもらいましたよ。
 後はその時にならないとどうにもなりませんが……」
「傍観に徹しきれぬ辺りが、お主らしいのう…」
「シュウにも同じように言われましたよ。
 でも…、どちらかと言うと…。僕で無く……こっちが煩いんですよね……」
 手甲に覆われた右手を見せる。
「『始まり』がか?」
「えぇ。継承者の恣意を感じているのかどうかは判断付かないんですけどね…。
 どうにも煩わしい…って感じです」
 困り果てたように右手を振る。
「まぁ『始まり』だからね。他とはちょっと違ってもおかしくないだろうしね…」
 と同意するイーヴァ自体、『始まり』の近くに居るメリットを身を以って実感しているので
思い当たら無いわけではなかった。
「そういうものなんですか?」
「ま、おいおい判るであろう…」
 真の紋章との付き合いも大変な様である。
「あっ、フッチ。
 ちょっとお願いしてもいいかな」
「えっはい、なんでしょうっ!?」
 突然話を振られて流石に驚く。
「うん、ちょっとお使い頼まれて欲しいんだ」
 と笑いながら、フッチの背後でモブと化していたナッシュにも笑顔を見せる。
 その笑顔にたじろぎ、隣のシエラを見ると澄ました眼差しを投げた。
「…俺もお手伝いさせていただきます……」





 

 


                                              
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