古き英雄から 19-2 










 フッチとナッシュが出て行った後、天威は呼び鈴を鳴らして女官を呼んだ。



「一人、お客様が来てるんだ。金髪碧眼で青いドレスを着た女の子。
 館に入るのを迷ってるみたいだから、連れて来て貰えないかな」





 彼女は暫くの間、迎賓館を前にして立ち尽くしていた。
 昨夜の凶行、彼は何の表情も変えず「そうか」と言っただけだったが、その言葉だけで彼
の心中が治まったとは思えなかった。

 だからこそ…、合間を見てこの、ミューズに来た。

 長距離の空間移動は少々負担が掛かるが、それでも行かずには居られなかった。
 だが、こうして彼らが宿泊している館を前にして…。
 どんな顔をして会えば良いだろう…。
 足取りは重く、前に進めなかった。

『…あの方ですら、会おうとなされないのに…。私如きが、軽々しくも許されるものか…』

 逡巡していると、館から歳を重ねた女官が出てきたのが見えた。

「天威様がお待ちしております。どうぞ、館へ」



 コンコンッ、と控えめのノックをして彼女は三人が居る部屋に入ってきた。
「やぁ、セラ。久しぶりだね、元気にしてた?」
 ソファに体を預ける天威は満面の笑みでセラを迎えた。
「大きくなり美しゅうなったのう、セラ」
 シエラもまた、自身が知る姿から成長したセラを喜んで。
「あの気難し屋に酷い事させられていない?。あいつは面倒臭がりだからね。嫌な事をさせ
られそうになったら、真っ先にここまで逃げるんだよ」
とイーヴァもよく知る人物をからかう。
「…あの…」
 入ってきたセラは面を伏せたままで。
 ヒューゴ達と対峙してきた毅然とした姿とはうって変わり、天威達三人の前に立つ姿は小
さく弱々しいものだった。
「昨夜は、…ユーバーの勝手な振る舞い、申し訳ございませんでした……」
 後悔と悔恨と困惑に満ちた表情で言葉を続ける。
「…我々が気付いた時には、あれがミューズに跳んだ後でした……」
「…………」
「…彼らは兎も角として…、天威様、イーヴァ様、シエラ様にご面倒をお掛けして…、どの
ような言葉も詫びるには不足ではございますが……」
 頭を下げたまま謝罪の言葉を繋ぐ。

「セラ、顔を見せてよ」

 そうかけられる声は、以前から変わらぬ優しいまま。
 セラは、おどおどと下げていた頭を上げた。
「折角会いに来てくれたのに、そんな辛気臭い顔しないでよ〜」
「ホント…、あいつは不遜で例え自分に非があったとしても、頭なんか下げないのに…」
「それに引き換えて…、セラはほんに彼奴に似ず、いい子に育ったのう…」
 散々な貶しっぷりである。
「あ…あの、皆様……」
「昨日の事なら、別に大した事無かったし、セラがそこまで気に病まないでよ。
 僕としてはセラがこうして会いに来てくれたから、ちょっと棚ボタって感じで嬉しいけど
ね」
 大体負傷者は出たが、死傷者は出ていない。そこまで目くじらを立てる程の事ではなかっ
た。
「ま、ね。ユーバーを仲間に入れてるって時点で、あいつが勝手しかねないのは目に見えて
るし…。実際、なるとは…思ってなかったけど……」
 どうせなら、とどめを刺したかったなぁと、物騒な事を言ってくれる。
「高々、あの程度の雑魚…。どうって事あるまいよ…」
 とにこやかに隣に座るよう、手招きをした。

 当然、断る事など無く、シエラの隣に座る。
 セラにしてみれば、魔術師の塔に住まう人間以外の僅かに己を知る人物達で、自分が敬愛
し従う人間の友人・仲間……同胞、と言うべき存在。
 何時になっても、自分を出会った時と同じように優しく接してくれる。
 彼は…、ここにいるそれぞれに納得のいく説明などしなかったが、そんな彼の動向を知っ
ても昔と変わらず、接して語ってくれる。
「セラ、彼は元気?」
 金に近い琥珀の瞳が僅かに滲んだ気がする。
「…はい。お体は至って…」
 どこまでも優しいこの方々が、嬉しく哀しい。
「そう、なら良かった」
「天、心配し過ぎだよ。
 昔の人はいい言葉を遺してくれているからね。何々者、世に憚るってね」
「お主にもぴったりな言葉じゃのう」
「褒め言葉と受け取っておきます」
「…セラ、間違ってもこやつの様にもあ奴の様にも感化されてはならんぞ」
 どうしてこうも、可愛げの無い奴らばかりなのやら、と苦々しく吐く。
 セラはほんの少し、目を丸くして。


「 はい 」


 昔、見せてくれた儚げではあるが可愛らしい笑顔を見せてくれた。



 階下から気配がする。フッチ達が戻って来たのだろう。
 気配に敏いセラも当然、察知していた。
「それでは、皆様。セラはこれにて失礼致します」
「うん。
 …セラ、彼に伝えてくれるかな」
「はい。何なりと」
「僕達は、必ずそちらに行く。
 それがいつになるか、どんな形でなのか、判らないけど…。必ず君に会いに行く」
 それだけは覚えておいて。
「…必ず。お伝え致します…」
 そう答えると、スカートを軽く持ち上げ頭を垂れ、転移の術の光に包まれた。





 

 


                                              
(last up 2007)セラを出したかったんです! あっても無くても、大差の無い位置づけですので…