古き英雄から 15 











 辺りはようやく静まり返り、静寂の幕が下りた。
 ユーバーの気配が完全になくなったのを見て、ナッシュは両手の中に収まってい
たグローサー・フルスを納めた。
「ふぅ、や〜と終わったな」
 今回の戦闘で、間違いなく功労者の一人はナッシュだろう。不意からの落雷の恐
怖に耐え、実質年齢的に割に合わない行動したのだから。
「…やっぱ、年かな。体中が悲鳴上げてやがる」
 舌打ちをして、肉体の衰えには不本意なモノを感じているようだった。
 そう、息を抜いているとトンっ、と不意に重さを感じた。目を落とすと、シエラ
が寄りかかっていた。
「……なんだよ…?」
 シエラは、ふぅ、と息を吐いて口を開いた。
「すまんな。暫く凭れさせてもらうぞ。……流石に今日は疲れた…」
 シエラの貌は確かに疲労の色が濃く現れていた。元々色白い肌は、一層白さを増
して青ざめている。あまり弁護に回りたくなが、確かにあれだけの魔法を使用し、
尚且つ、真の紋章を使用したのである。一般の人間には想像の付かないモノだろう。
 それに、彼女は『絶っている』のだから。
「……今は、手元が狂うと困るようなことをしてないからな。構わないさ」
「ふふ…」
 懐かしい言葉の応酬。疲れに彩られていた貌は、いつしか、安堵の色が灯った。
「……とりあえずは、『無能』は撤回しておいてやろうかのう?」
「何だよ、あれだけ活躍したってのに。その程度化かよ」
 やれやれと大方そんなモノだろうと予想が付いていてもふてくされ気味だった。
「最初が最初だったからな。致し方あるまい」
そんなナッシュに対してシエラはいつも通り冷徹で。
「はいはい…。俺が悪うございました……」
「それでも、まぁ格好良かったぞ」
「……………………、そっか」
と改めてホメられると照れる。
「ふふ…、まだまだ初奴じゃのう……」
「うるさいっ!!」
 言われてムキになる辺りがまだまだだな、と自覚してしまうナッシュだった。
 ふと、ナッシュは下ろしていた視線を上げ、何かに気づき、シエラの左手を引った
くった。
「何じゃ?」
「怪我」
「?」
「お前、グローサー・フルスを素手で触っただろうが」
「だからどうしたというのだ?」
 ナッシュはまじまじとシエラの白い手を穴が空くほど見ていた。刀傷など何処にも
ないかと。
「あれには、猛毒が塗ってあるんだよ…」
「…………物騒な」
「だから、あれはヤバイって言っただろうがっ!!」
 グローサ・フルスの刀身には即効性の毒『ゾディアック・タワー』が塗布されてい
る。効果は抜群で、かすり傷一つつければ速やかに全身に体に毒が回る。
 曰く派手な効き目の毒である。
 戦闘が終わってから暫く経ってはいるが、だからといって油断するわけにはいかな
かった。吸血鬼と人間とでは違うのかも知れないが……。
「傷などないわ」
と掴まれていた手を引き剥がすと、シエラはマントの中に左手を隠してしまった。
「だとしても…」
「だったとしても、人間ごときに効果のある毒などわらわには効かぬわ」
 言い出したら訊かない。それは十五年前も同じだが、それでもナッシュは諦めず、
懐に手をやり解毒剤の小瓶を取り出し、シエラに押しつけた。
「だったとしても、とりあえず飲んどけ」
「要らぬというておろうが」
「いいからっ!!」
 いつになく真面目なナッシュに流石にシエラも折れてしまい、と言うより疲れてい
たためかそれ以上、とやかく言われることを嫌い、受け取った。
 受け取った小瓶のコルクを親指で飛ばし、一息で解毒剤を飲み干した。
「不味い」
「良薬口に苦しだろうが」
「お主に説教されたくないわ」
 と今度はこっちがふてくされてしまった。どうやら本当に不味かったようである。
ついでに今も喉を押さえて唾を飲み込み、味を忘れようと努力している。
「ええい、ほんに不味いっ!ナッシュ、お主、口直しをさせろ」
 その台詞に、瞬間的に凍結してしまった。
「って、何でそうなるんだよっ」
「阿呆、ただでさえ紋章の力を解放して疲れているのじゃ。それくらい構わぬ
であろうが」
 どうやらシエラはかなり真剣な様子で、彼女の赤い瞳は危険な色に輝いていた。
「嫌だっ! あれは痛いから嫌だっ!!」
「ふん…、嘘を付くでないわ……」
 実際、シエラの言う台詞の方が正しかった。確かに血を吸われる瞬間、痛みとい
う痛みは殆ど感じなかった。感じると言えば、どちらかというと酩酊した時
のような意識の混濁と、後から襲ってくる虚脱感ぐらいなモノだった。
 と思い返している内に、いつの間にかシエラの白い手はナッシュの首筋を捉えて
おり、彼女の真珠色の髪がナッシュの左頬に触れていた。
 ナッシュの襟の立った服をはだけさせ、首筋にシエラの吐息が触れる位置まで来
た時、ナッシュ自身観念してしまい、もう拒もうとしなかった。
 彼女の牙が首に触れようとした時、ナッシュの目の前で火花が散った。
 ナッシュは瞬間何が起こったのか分からず、何がどうなったかに気づいた時は、
背中を石畳に打ち付けた時だった。職業柄故か、受け身を取って見事に後ろ回りで
転がり、一回転して立ち上がった。
「ったく、一体何だってんだよっ!?」
 と不平だか不満だか、それが一体何に対してなのか、本人も分からないまま言お
うとしたが、その対象は目の前にはおらず、すでに離れた場所にいた。
「一体?」
 と打ち付けた背中と言うのか頭をさすりながら、考えていたら、その理由が分か
った。後ろから近づいてくる金属音。
 振り向いてみると、クリス達がこちらに向かって来た。
「なるほどね」
 何となくではあるが、シエラの行動が分かった気がした。
 シエラに突き飛ばされた様を当然見られていたわけで、近くに来た時のクリスの
顔は、訝しんでいる表情だった。
「…大丈夫か?」
「まぁね。この程度のことくらいでへこたれるほど、ヤワじゃないよ」
と言って、ついた埃を落としながら体を起こした。
「いや、その事ではないのだがな……」
「?」
 クリスは言い出しにくそうに目を伏せて、もどかしく口を開いた。
「……お前は、本当に得体の知れない奴なんだな」
「あぁ、その事か」
 当の本人は至って気にもとめておらず、反対に
「悪いね。折角剣借りたのに、あんな乱暴な使い方しちまって」
 今、ナッシュの手元には先ほどクリス達から借り受けた剣は残っていない。一本
はユーバーに叩き落とされ、もう一本は投げつけてしまっている。
「…………」
 足下に落ちていた剣を拾うと、どうやらクリスの剣の方だったようだ。
「はいよ」
 と渡すナッシュの顔は、いつも通り道化の顔。
 結局、また訊きたいことを訊くことが出来ずに、消化不良に陥るしかなかった。
ナッシュが、何故、あれだけ戦闘力を持っているのか、あんな武器を持っているの
か。
「あれだけ乱暴な使い方したからな。ミューズにいる内に研磨に出しておいた方が
いいぜ」
 ミューズの鍛冶屋なら知っているから、御用の際は是非、と付け足した。
「まぁ、もうこんな物騒なことは起こるまいが、明日にでも暇を見つけて出してお
くよ」
「しかし、貴方もよくよく侮れない方ですね」
と後ろに控えていたパーシヴァルが口を開いた。
「それってどういうこと?」
 パーシヴァル自身、剣を貸していたため、ユーバーとの戦闘は傍観する側に回っ
ていた。その分、ナッシュの動きはよく観察することが出来ただろう。
「あの戦い方を見せつけられたら、今までは貴方は手を抜いていたと言うこと
になりますかね?」
「……そう言う訳じゃないんだけどなぁ」
 このパーシヴァルの台詞には流石に渋面になった。ゼクセン騎士団において一番
の曲者は、このパーシヴァルと言って過言ではないだろう。ボルスなどは育ちが良
い所為か、はぐらかすことが如何様にも出来るが、このパーシヴァルは平民上がり
の分強かな所があり、なかなか侮れないモノがある。
「この分ですと、これからはその得体の知れない武器で戦ってもらわないと割
に合いませんね」
とサラリと言ってくれる。
「……あれのことかぁ。残念だけど、それは無理なんだな」
「おや、それはどうしてですかね?」
「あれって、言わなかったけ?期間限定な上、場所限定の俺特別の手品だからそん
なにしょっちゅう使えるって訳じゃないの。
 使いこなせてるんだったら楽なんだけどね。
 おじさん、そこまで強者じゃないから」
と、残念ぶるが
「それが、言い訳になると?」
「うん。どちらにしろ何て言われようが使うつもりなはいぜ。
 あれは、お前達が思っているほどの生易しいモノじゃないからな」
ニンマリと笑っては見せたが、瞳は全く笑ってはいなかった。
「…………」
「さて、向こう側の方が何だか賑やかになっているようだからおじさん達も参加し
た方がいいんじゃないのかね。お話の仲間外れになるのは嫌だからねぇ」
 と言うとナッシュはクリス達に背を向けて、ゲド達がいる方へと歩いていった。
 これ以上、話していると藪蛇になりかねないと言うところだろうか?
 先を行くナッシュの姿を追いながらクリスは、
「もしかしたら、我々の中で最も注意せねばならないのは、あの男かもな」
「あながち、否定できないところが問題ですね。」
 そしてクリスとパーシヴァル達もナッシュの後を追った。




 ため息を付いて、天威はイーヴァは浮かない顔だった。やっと終わった一騒動。
だが、この騒動のおかげで、認識したくなかったことが、如実に明確なモノとなっ
た。
「……やっぱり、…だったんだな」
 誰に対して言うわけではなく、イーヴァが言った。
「そう、ですね……」
「認めたくなかったんだけどな…」
「そう、ですね……」
「……いつ、気づいた?」
「グラスランドで紛争が起こってから、シュウが言ったんです。おかしいって」
 余りにも不自然すぎる戦いの起こり方だと言った。この時期に起こること自体、
不自然だと。
「何か一言でも言ってくれればいいのにな。自分だけ全てを背負い込んで……」
 全ての罪を背負ってまで、しようとした決意。生半可なモノではないだろう。
 だからこそ、誰にも、たった一人で。
「全ての事が始まる前に、会いに来たんです」
「僕の所にも来たよ」
 以前と変わらない不機嫌な顔で。決意の眼差しで。
「…何かをしようとしていたことだけ分かりました。そして、それに対して誰にも
干渉させない、覚悟を感じました。
 ……あの時僕は、強引にでも聞き出しておけば良かったのかな?」
「……良いか悪いか、なんて分からないよ。
 ただ、愚痴りたくなる……」
 やるせない思いでしかない。こんな事になるのなら。
 彼を知っている。そして、しようとしていることしたいと思っていること。
 そしてその事に対して、他者が彼に対してどう思うか、とても複雑で、悲しい。
 彼の純粋な思いは、純粋すぎる故に理解されないだろう。ある人が言えば、絵空
事のような、綺麗事過ぎる、とも言われかねない。それこそ、「ガキだ」という身
も蓋もない一言で終わらされてしまうかも知れない。
 それでも、それが彼の世界であるため、彼はそう決断を下すしかなかった。

 そんな不器用な彼に、ただ天威達は落胆の息を吐くしかなかった。






「どうやら、全てが片づいたようだな…」
 刃こぼれが起きた刀身を見ながら、ゲドがようやく言葉を吐いた。魔獣の気配も
今は全く感じられない。殺気も消えてしまっている。
「だーっ、こんな面倒な戦いするとは思ってもみませんでしたよ。
 いつぶりですかねぇ、こんな短い間に連戦するなんて……」
 エースは疲労の末か、石畳に腰を下ろしている始末。
「文句なら、あの仮面の神官将に言うんじゃな。このミューズまであの黒いのを送
り込んでくるんじゃから」
 それだけ、あちらもせっぱ詰まっているのかのう?と肩を叩いているジョーカー。
「しっかし、かなり本腰入れていた感じだよね。あたしらの主力が殆ど揃ってるっ
てのに、これだけてこずってしまんたのだからね」
 実際、ミューズの援護がなかったら、最悪な結果になっていたかも知れない、そ
の思いは払拭されないでいた。
 クィーンは、剣を納めると背後に目をやり、アイラ達やクリス達がこちらに向か
ってきているのを確認した。
「どうやら、あちら側も事なきを終えたって感じかね。どうやら、怪我もないよう
だよ、ゲド」
「……そうか」
 元気娘のアイラはこちらに駆けてくるのが見て取れた。その後をジャックがマイ
ペースに歩いていた。
「若いって良いわね」
 本気とも冗談ともどちらにもとれる発言だった。
 こちら側に向かって走ってくるアイラに手を振りながら、そのアイラ達の前を動
く二つの影に気づいた。
「…ねぇ、ゲド」
 振っていた手を下ろす。
「……」
「あれ」
 と促す先には、気になって仕方のない人間がこちらに歩いてきた。
 ゲドはその影を確認すると、「おい」と、傭兵隊一同に声をかけ向き直った。
 こちらに近づいてくる人影。それは、赤い衣の二人の少年。
 二人とも真の紋章を宿している。
 彼らが一体誰なのか?その事が判明するだろうか?
 ゲドは、そして他のメンバーは何とはなしに、身構えている事を意識した。
 緩やかな足取りでこちらに向かってきたのは一人。黄色の肩布をした少年で頭に
バンダナをした少年は、少し距離を置いた所で立ち止まりこちらを伺っているよう
だった。

「…怪我は、ありませんか?」

 この時初めてこの少年を見ることが出来た。
 彼は、決して大柄な体格ではなくどちらかと言えば小柄な部類に入り、確かにし
っかりとした肉付きをしていたが、印象としてはか細い少年の印象を受けるだろう。
それでも、この少年は先ほど、ユーバーと渡り合い、ボーンドラゴンと戦っていた。
「この通り、無事だ」
 素っ気ないゲドの応えに対して、その少年は穏やかに微笑んで、
「そうですか、よかった…。
 折角、締南に来てもらったのに怪我をしてしまったら、申し訳ないですから」
 ほっと安堵したように表情を緩める。そんな少年に対して、
「そういうアンタは大丈夫なのかい?さっきあれだけ魔法使ったんだろ?」
「お気遣いありがとうございます。僕、体が丈夫なのだけが取り柄なんです」
と笑って返した。クィーンも何だかその笑顔につられて笑顔になった。
「あぁ、そう……」
 何だか、調子が狂わされる。それが印象だろうか。
「……街の方は落ち着いたようだな…」
「そうですね。魔獣の気配はもうありませんから。
 多分、色々と後始末に追われてるんじゃないでしょうか」
「…………」
 全くと言っていいほど普通の少年。
 それでも、確かに絶対的に違っている部分がある。年齢相応のヒューゴに対して、
この少年は余りにも落ち着きすぎていた。
 気配が外見と比較して穏やかで…。
 全く壁を感じさせない。だが、この少年が『そう』なのだろう。それ以外考えら
れない。
「ところで、貴殿のご尊名をお伺いたいのですが?」
 自己紹介が遅れましたな。
 私は『炎の運び手』のゲドと申す。貴方もご存じの通り『真の雷の紋章』の継承
者です」
 改めて、ゲドが名乗った。
 そのゲドに対して、この少年は少し戸惑ったような感じで、「え…と」と言葉を
濁していた。
 言葉を濁す訳が何なのか知れないが、ゲドは彼の言葉を待った。
「僕は……」


『天威っ!!』


「…イーヴァさん?」
 漸く口を開きかけた時、少年の背後から声が飛んだ。
 その名を呼んだのは、もう一人の赤い服の少年だった。少年の周囲は篝火によっ
て照らし出され、ゲドの立つ位置からでもその風貌が見て取れた。
 そして少年の背後にある一団を確認できた。
 こちらに向かってくる一団。ミューズ市兵でもなく、マチルダやグリンヒルの軍
服とも違う制服を纏った人間に周囲を固められて来るのは、
「シュウッ!!」
 締南国宰相、過去、新都市同盟軍正軍師のシュウがこちらに向かって歩いてきた。
 長身で、黒いぬばたまの長い髪を右側で括り、整った顔立ちで、双眸は常に鋭い
眼光を放っている。身に纏う雰囲気は、切れ味の鋭い感じを与える。
 そして、そのシュウの後ろには、マチルダ、グリンヒル、ミューズ代表のマイク
ロトフ、テレーズ、フィッチャーが控えていた。
 少年は、シュウの姿を確認すると、弾かれたように歩み寄り、またシュウ達も天
の元へ駆け寄り静かに一礼した。
「申し訳ございません。遅くなりました」
「いい。それより、街の方は大丈夫?」
 シュウに問いただす声は、うって変わり、少年の、ではなく、静かな威厳ある声
をしていた。
「はい、宿舎の方は被害はなく各都市代表にも被害はありません。
 チャコとボリス殿の助勢で魔獣の駆除も完了しています」
「チャコとボリスさんが……。街の被害はどうなっている?」
「兵を含め、死亡者は出ておりません。現在、負傷者の手当、魔獣の死骸除去に当
たっております」
「シュウ、マチルダ・グリンヒルの兵と一緒にミューズ市内の警備の強化を。
 負傷者以外、総動員で警護にあたらせろ。
 ……もう、何もないとは思うけど、油断は、出来ないから……」
「御意」
「もう何もないとは思うよ。あれだけ派手にやらかしたんだ。
 不愉快だけど、確かに今日の所は挨拶みたいだったしね……」
 一連の出来事を思い返しながらイーヴァが応えた。
「そうは思いますけど……」
 それでも天威の顔は晴れない。これだけの体勢で臨んだというのにこの有様だっ
たのだから。
「近くに気配は何も感じぬな。月も平穏よ、ようやっと静かな夜になったわ」
 シエラもイーヴァの隣に立っていた。
 程なくして、兵に命令を下していたテレーズとマイクロトフがこちらに来た。
「天威様、シュウ殿。魔獣の死骸除去があらかた目途が付いたようです」
「今、警護の振り分けをしているところです」
「ご苦労様、テレーズさん、マイクロトフ」
その言葉に対して、マイクロトフは相も変わらず
「いえ、天威殿方のお手を煩わせてしまったこと自体、全く以て不甲斐ない限りで
す」
 と肩を落とす姿は、実直以外の何者でもなかった。そんなマイクロトフに対して
天威は微笑み、
「仕方ないよ、空間を越えてこられたらね…。でも、マイクロトフ達のおかげで、
被害が最小限まで押さえられたんだから」
「それを仰るのでしたら、天威様、お体の具合は大丈夫なのですか?」
 テレーズが不安そうに、天威の方を見た。
「紋章を使用されたのでしたら、お早くお休みになられたほうがよろしいのではな
いでしょうか?」
そんな不安がるテレーズに対して、天威は笑顔で
「大丈…」
「…夫な訳ないだろう」
 止めたのは、イーヴァ。
「ただでさえ、紋章の使用は疲労するのに、紋章の重ねがけしておきながら、大丈
夫な訳ないだろう」
「イーヴァさん…」
「天威、イーヴァの言がこの際、正論ぞ。
 いつまでこの場に留まっているつもりじゃ?醜態をさらすつもりか?」
「……」
とシエラにまで言われてしまうと、反論できない。
 実際のところ、言った本人達がそうであるからこそ、二人は天威に言ったのだ。
「天威殿、後は我々にお任せください。全てが片づき次第、報告に参ります。
 まずはお体をお休み下さい」
「シュウ……」
となおも渋り、天威は食い下がろうとしないと、シュウは苦笑して
「天威殿、私の仕事をお取りになるおつもりですかな?」
「あっ!?」
「仕事に熱心であらせられることは美徳ではありますが、私の立つ瀬が無くなって
しまいます」
「…ご、ごめん」
と咄嗟に謝ってしまった。
「僕は、また一人で何でもしようとしたね。
 シュウ、じゃあ後のこと、任せたよ」
「御意」
「でも、シュウ達も明日が控えてるんだから余り無理しないでね」
「ええ、事の目途が立ち次第、お伝えに参りますので」
「じゃあ、よろしくね」

 
                                         


                                              
(last up 2003)