古き英雄から 13 













 ナッシュは左手に装備されているスパイク・グラーデを確認して、その他にも装
備している武器を確認した。
「おう、ゲド。こっちはOKだ」
と、言った矢先に
「……そんな貧弱な武器でどうとなると思うておるのか?」
「……って、俺の武器は前からこれだぜ、シエラ」
いきなり肩すかしを喰らわされた。
「お主、あの物騒なものは持ってきておらなんだか?あの程度でなくば、埒が明か
んぞ」
「物騒なものって……?」
「お主が背負うてたものじゃ」
 ずざざざっと引き下がり、ナッシュは信じられないものを見るかのように、
「何でっ、グローサー・フルスのこと知ってるんだよっ!!」
 あれは、あの時は使ってないぞ、と慌てふためいた。周りにいた人間の頭の上に
は?が回転していることだろう。いや、ジョーカー=ワンは知っているかも知れな
いが……。大体、今のナッシュ自身、手裏剣使いで通っている。そう思って当然だ
ろう。
「…たわけが。あんな凶悪は気配を放ちながら気づかぬ阿呆がおるか…」
 呆れたようにシエラは答えて。確かに…、とナッシュは納得した。どういう因果
か、ナッシュはシエラを背負ってあの館まで行った。しょいこの上に座っていたか
らといって、背中伝いである。双邪剣の貪欲な気配を、察知しない方がおかしいだ
ろう。ただでさえ、シエラは人以上の感覚を持っている……。
「……あれは、駄目だ…」
「何故?」
何故って訊かれても、とナッシュは返答に困る。クリスなどは、不思議そうにこち
らをみている。
「とりあえず、駄目なんだ……」
 そう言っても、シエラは不満そうな視線を投げるのを止めなかった。
「…………」
「…………、ほんに文句が多い男よな」
 それで、足止めになればいいのだがな。と言って、肩をすくめた。
「おい、もういいか?」
ゲドが無表情に訊いた。
「あ?、あぁ…。悪い、少し待ってくれ」
 ナッシュはゲドにそう言うと、諦めたようにため息をつき、クリス達に言った。
「クリス、すまないんだがあんたの剣、貸してくれないか?」
 突然の発言にクリスは目を丸くした。
「私の剣をか?」
 お前が使うのか?と言っているような表情で聞き返す。
「あぁ、後、ボルス、パーシヴァル。あんた達のどちらかの剣も貸してほしい」
「お前が剣を使えるのか?」
 二人とも疑わしい眼差しでナッシュを見る。
「剣を二本も?」
 常に平静なパーシヴァルも、この申し出に眉をひそめた。
「あぁ、始祖様のご要望なんでね。それに確かに俺のグラーデじゃ、力不足かもし
れん」
 残りの針の数も心許ないという理由もあった。
「シソサマ?」
 クリスは聞きなれない単語に眉を寄せるが、ナッシュは困ったような笑顔を見せ
た。
 そんな道化の笑顔を見て、消化不良ながらもクリスはシュテンディヒを抜いて渡
した。
「貴様程度が、扱えるものとは思えんがな」
 そんなクリスに、とにんまりと笑って見せて。
「大丈夫。おじさん、これでも器用で通用するから」
 一朝一夕に使えるものではないだろう。それでも、とクリスは思い考えることを
止めた。
 クリスはナッシュに剣を渡した後、パーシヴァルに言って剣を渡させた。
 クリスとパーシヴァルから借りた剣の握りごたえを確かめて、
「待たせたな。準備万端だぜ」
 ゲドは頷いて見せて
「よし。では仕掛けようか」
「大将、どう行きますか?」
「とりあえずは、不意打ちだな。……ジャック、アイラ」
 一団の後方に控えていた遠距離攻撃の要の二人を呼んだ。
「……」
「何だい?」
「お前達は、この場での攻撃だ」
「……あぁ」
「それと、アイラ。お前は魔法を展開しておいてくれ」
「あんた達にだね?」
「いや、この場に対しての防御魔法をかけておいてくれ」
「…………、分かった」
アイラは少し、考えた後返事をした。

「私達は、退避しているしかないな」
 ゲド達を見て、クリスが言った。剣を持っているのならいざ知らず、今のクリス
達は剣がない。クリスとパーシヴァル、二人の剣はナッシュの手にある。三度目か、
何も出来ず傍観する羽目になるのは。はっきり言って口惜しい以外何物でも無い…。
「そうだな。まぁ、ここまで被害が及ぶこともないとは思うけどね」
「とりあえず、ボルスは前衛を任せる」
「了解しました」
「ボルス殿、あまり無茶はしないように」
 手持ちぶさたなパーシヴァルがそう言って茶化した。
「パーシヴァルこそ、怪我をしないことだな」
そう言うと、ボルスはアイラ達が展開している付近まで進んでいった。
「さてと、おじさんも頑張らないとね」
「気をつけることだな」
「ヤバくなったらどうしよう」
と戯けて見せた。
 二人の会話を近くで訊いていたシエラは、クスリと笑い、
「……精々、気をつけるがいい。
 わらわは、たとえお主が死に瀕しようとも、手は下さぬからな……」
 その応えに対して。ナッシュは、ふぅっとため息をついた。
「……シエラ。あの時、言った言葉に二言はない。
 今だって変わらない…」
 そう応えて、ナッシュはボーンドラゴンへと進んでいった。
 その言葉が意味している内容がいったい何なのか。それは二人だけが知っている。
 あの時の言葉。
 彼女はその言葉に対して、拒絶した。それでも、あの時言った言葉が、どれほど
の思いがあっただろう……。
「……愚か者…」
 シエラはそう返すだけだった。

 




 ゲド達を見送り、クリスはパーシヴァルと共に後退し、ボルスに前を任した。
 それでも、パーシヴァルには魔法を何時でも発動できるように言っておいた。
「何事も無ければ良いのですがね。まぁそんな事は無いでしょうし、そうであった
らそれこそ完全に我々は形無しですよ」
「そうだな。これ以上、無能呼ばわりされるのは、ご免被りたい……」
 苦笑してクリスは自分達の前方に立つ少女を見た。
 我々は散々この少女に虚仮下ろされている。何より我々が何を言っても全く堪え
ない。あまりに不愉快を払拭出来ない。
 彼女が紋章の継承者であるのは、先程の会話で明確なものとなった……。
 彼女がどれ程の時間、紋章を所有しているのか分からないが、それでも、彼女に
は否定的な感情だけだった。
「……いかんな、知りもしないのに」
「どうされました、クリス様?」
「いや、気にするな。…大した事ではないのだから」
 そう、知りもしないのに、一方的な感情をぶつけるのは……、そう戒めて苦笑を
浮かべる以外なかった。
 件の少女は、自分達の前方に立っている。
 空を仰ぎ、ただ満月を見ていた。

 この騒動の中。ただただ一つ、暗闇浮かぶ満月は、変わらず真珠の光を降らすだ
けで。
 その光を一身に浴びて、シエラは詠う様に言葉を紡ぎ出した。

『我が身に宿る、真の紋章・月の紋章よ。
 闇に微睡み、闇を照らす力、闇を慈しむ力を我に……』

 左手に宿る蒼き紋章が静かに光を帯びた。
 燐光が舞い降り、次の瞬間、鮮烈な蒼白い光柱がシエラを中心にして降り注ぎ、
天威を以って「一番美しい」と言わしめた、蒼白き紋章・月の紋章が顕現した。
「あの、紋章がっ!?」
 クリスの右手に宿る、真の水の紋章が兄弟の覚醒に呼応し、共鳴を始めた。
 今まで微塵にも紋章の気配を感じさせていなかったものが、この瞬間顕現した。

「イーヴァさんっ!!」
「ああっ」
 ボーンドラゴンと戦っていた天威達にも月の紋章の姿は確認出来た。これ以上、
この場に留まっているわけにはいかない。しかし、
 目の前に立ちふさがるボーンドラゴンは目を怒りに輝かせ、こちらを睨み天威、
イーヴァ共に動きを捉えられている。
 この場から容易に離脱が出来ない。……どうする。
 
「坊や達っ!!伏せなっ!!」
 後方から鋭い声が投げられた。天威達はその声を疑うことなく、即座にその場に
伏せた。
 次の瞬間、ボーンドラゴンの眉間に深々と一本の矢が突き刺さった。
『ギャアァァァァァァァッ!!!!!』
 ゲド達の後方に控えていた遊撃士ジャックの放った矢が深深と突き刺さり、ボー
ンドラゴンは仰け反った。間髪を入れず、ゲドとクィーンが二閃を伴い挟撃しその
場に縫いとめ、ワンが掌底から魔力を叩き込み、エースが頭蓋に双剣を叩き込んだ。
「ここはまかせな。後退だよっ!!」
 クィーンとゲドは天威達の前に立ちふさがり、剣を構える。
「シエラが待っているそうだ…」
 ゲドは一瞥しただけでボーンドラゴンに向き合った。
「すまないっ」
「任せますっ」
 天威とイーヴァは互いに顔を見合わせ、その場を疾風のごとく走り去った。
 走り去る天威達を確認することなく、ゲド隊はボーンドラゴンと対峙する。
「任されちゃったんでね。しっかりと仕事するしかないよねぇ」
 ルーナ・クレシエを構え、余裕ありげな笑みを浮かべるクィーン。
「まぁ、もう雷を落とされたかぁないからな」
 うんざりかげんなエース、当然剣を構え直す。
「まぁ、わし等の仕事はとりあえずは時間稼ぎじゃからな。適当にこなしておこう
か。こんなことで怪我などしたくはないからのう」
と、相変わらず肩を解す、ワン。
「まぁ、ぼちぼちやるさ」
 このゲドの台詞を合図に、クィーン達は攻撃を展開した。



「シエラ、お待たせしましたっ」
 振り向いてみると、ゲド達が戦闘を開始しているのが見えた。グズグズしている
ことは出来ないだろう。
「構わん…、それより」
「はいっ、分かってます。
 ……シエラ、イーヴァさん、先攻お願いできますか?」
 トンファーをホルスターに仕舞いながら、天がそう口を開いた。
「構わないよ」
「……確かに、お主では少々時間が必要か…」
「お願いします」
イーヴァは頷き、右手に意識を集中する。シエラもまた左手に思いを込める。
「……、ジョウイ、僕に力を貸して…」
 右手に込められた思いに、願いに天威は力を込めた……。



 アイラは天威達が交代した事を確認して、右手に宿す大地の紋章の一端を解放し
た。
『大地の精霊達よ、我らに加護を与えたまえ。守りの天蓋をっ!!』
 アイラの声と同時に、石畳は隆起し、絶対防御の守りが展開した。
「随分と、大がかりなことをする……」
 アイラとジャックの側で後衛に立っているボルスが吐いた。自分とそしてアイラ
達が守備で立っているというのに、その上、クリス達も後方に控えている。その状
況で魔法による防御を展開するなどあまり考えられることではない。
 一体、シエラ達は何をしようとしているのか、とんと見当がつかなかった。
それでも、溢れてくる気配が只ならぬものとなっていくことを、漠然と感じていた。

                                         


                                              
(last up 2003)