長き道のりを経て、一行は無事ミューズに到着した。
そして…、ヒューゴは都市ミューズの大きさに圧倒された。
ミューズ市は、ビネ・デル・ゼクセなどと比べると色合いは大人しく、白色系で
統一されていたが、空の青さやミューズを包む空気の所為か、寂しさや無機質感を
感じさせないでいた。
そして何より、通りを行き交う人々の活気が街全体に溢れかえっていた。
「でっかい」
それしか言うことが出来なかった。当然、目も点である。
「…軍曹。俺、ブラス城やビネ・デル・ゼクセ行った時も街の大きさとかで驚いた
けど、今回、何て言うか、でっかい……」
「俺もゼクセンの建物には驚かされたが、ここはまた、比べものにならんな……」
「流石は代表都市ミューズか……。
悔しいが我が首都は、足下にも及ばんな……」
クリスも初めてのミューズに驚嘆の声を漏らした。
そんな二人を見ながらテレーズは笑いをこらえながら、
「そんなに言うほどでもありませんよ。
ハイランドのルルノイエは、ミューズ以上の広さを所有していますし、ハルモニ
アのクリスタルバレーなどには、それこそ比べものになりません」
当然、ハルモニア御一行は、大した感慨なくミューズの街を見ていた。
しかしナッシュは違う意味で一人で、感慨に耽っていた。
「いや、それでもでっかいよ」
開いた口が塞がらない、と言ったところである。
「では、皆さん。ミューズ市長フィッチャーの元にご案内します」
「ミューズ市長?何で?」
テレーズは笑顔を浮かべて、
「皆さんが到着したことの報告と、明日のことに関しての説明を彼自身にしてもら
うためです」
「テレーズさん、市長って偉い人なんだよね?」
「…ええ。そうですね、判りやすく言えば、この街の代表者、ヒューゴ殿達で言う
族長、と言われる地位の人間と考えて下さって結構ですけど。それが何か?」
ヒューゴは誰かに言うわけでもなく、
「…俺さ、ゼクセンに休戦協定の親書を持っていった時、三日間待たされたあげく、
ゼクセン代表者に直接親書を渡すことが出来なかったんだ。
それなのに、ここでは市長自身が直接会うって言うから……」
ゼクセンの三人にとっては非常に耳の痛い話である。特にパーシヴァルはその後
ヒューゴを捕獲しようとしたのだから。
「ヒューゴ殿達は我々の正式な招待を受けた客賓です。
その客賓を迎えるのは、市の代表として当然の義務ですわ」
そう言うとテレーズが先頭に立ち中央大通りを北に向かって歩きだした。そして
その後を街の風景に目を奪われながらヒューゴ達がついていった。
ヒューゴ達が目的地とするミューズ市市庁舎。石造りの堅牢な外観を誇り、15
年前にハイランド軍に陥落された後、獣の紋章の解放の儀式が行われ、英雄天威が
その眷属の獣である金狼と戦闘を繰り広げた過去があるが、15年前からその姿は変
わることはなかった。
その市庁舎の二階に三人の人影があった。
三人はテラスに出て、ミューズ市正門の方を見ていた。
「ふむ。どうやら西からの客人は到着したようじゃな…」
「……シエラ、いくら何でも僕らには見えないよ…」
「…………、あの人影のこと?」
市庁舎から正門までの距離は、十分やそこらで辿り着くような距離ではない。当然、
目視で正門付近にいる人間達を確認することなど人間には無理だが、…彼女、吸血
鬼の始祖であるシエラの目には、鮮明に写っていた。
シエラの側にいる二人は、視力が悪いわけはなくむしろ、良い部類に入るが流石
に、吸血鬼の人間を凌駕する身体能力には敵わなかったようである。
「シエラ、何が見えるんですか?」
シエラの隣で見える筈はないのに、諦めることなく先を見ようとしている天威が尋
ねた。
「…思ったより、大所帯で来たようじゃのう。ひい、ふう、みい……。
テレーズやらを省いても15人ほどおるようじゃ」
「15人……、それは、また大人数だな……」
もう目を凝らすことを止めているイーヴァが当然の感想を漏らした。
「………」
「どうしたの、シエラ?」
「…………、何じゃ?グリフォンと竜がおるぞ」
「竜?それってもしかして、フッチのブライト?」
「確かに白竜ではあるな。……連れている人間も、…確かにあの竜騎士の小僧じゃ」
「……フッチ、この戦いに参加しているんだ……」
「確かにフッチは…、竜洞に戻れるようになったからね……」
「よくよく見てみると、見たことのある顔がちらほらと見えるな」
「他に誰がいるんですか?」
「…今言った小僧と、アップルとグラスランドの小娘に、……あれは、医者の小坊
主か?
それに……」
「それに?」
「荷物持ちがおる…」
「荷物持ち???」
シエラの不可解な発言に天威達は眉を顰め、尋ね返したイーヴァだがシエラは大し
たそぶりもせず、「気にするな」で終わってしまった。
「色々と、みんな関わっているんだね……」
まだ見えない西からの来訪者を、そして15年前の仲間を思いながら、天威は呟いた。
「そうだな。僕達もまた関わっているんだから」
「とは言え、そう表沙汰には関われんがな。それなりに自重は必要であろう」
今歴史を動かすのは自分達ではない。恐らく、あの西からの来訪者達…。
「天(tien)、この国はどう動くのじゃ?」
「派兵はする事実は、ほぼ決定しています。その件に関しては全てシュウに一任し
ているから問題はないでしょうね。
まぁ、派兵といっても、実際は後方支援程度でしょうけど…」
自分達が目立っても意味がないですからね、と自嘲気味に笑った。
「で、お主自身はどうするのじゃ?場合によっては」
「……。僕はこの国から動くつもりはありません」
「本音かえ?」
シエラの紅玉に輝きが走る。
「本音ですよ。派兵することにより、また色々と問題は生じてくるでしょう。特に
北のハルモニアの動向に注意しておかないといけないし、第一出しゃばるわけにも
いかない…」
紋章持ちがそう歴史に関わるわけにはいかない、そう天威は自覚している。悪戯に
紋章の力を使うわけにはいかないのである。
「……正論ではあるな…。
で、イーヴァ、お主はどうするのじゃ?」
「僕も参加するつもりはありません。
ただこの戦いの行方がどうなるのか。天のところに少しばかり厄介になろうとは
思ってますけどね。
今回のこの戦い、余りにも真の紋章の数が多すぎる……」
それがイーヴァにとって一番の気になる点だった。今市庁舎に向かっている面々
の中に三種類の真の紋章の気配を感じている。
その数に何か意味があるのか、気になることだった。
「シエラ自身はどうするんですか?」
「そうじゃのう。
わらわは所詮、『過去からの幻影』に過ぎぬからな。あまり干渉するわけにはい
くまいが……、多少は構うまい……」
永生きしていると時として退屈に襲われるもの。少々ぐらい、楽しんだとしても、
何ら不都合があるであろうか。恐らく、それすら運命に組まれていることだろう。
「シエラらしいですね」
「当然じゃ。わらわがわらわ以外であろうものか。
さて、そろそろ、西からの客人が見えてくる頃じゃ。大人しく、部屋に戻るとし
ようか」
シエラ、イーヴァはともかく、国主である天威がこの場にいることが知れること
は何かと問題があるもの。
彼らは、ヒューゴ達の視野に入る前に室内へと戻っていった。
ヒューゴ達が通された部屋は二階の左側の部屋だった。
通された部屋は天井の高さはそれ程でもなかったが、部屋の広さは驚かされるも
のであった。ビュッテ・ヒュッケ城の応接間とは比べものにはならなかった。
部屋奥の窓近くには大きな執務用の机が配置されており、その席には線の細い男
が座っていた。
ヒューゴが知らないのは当然だが、この線の細く胡散臭そうな冴えない男、グラ
スランドでは信じられないだろうが、ミューズ市市長フィッチャーである。
統一戦争から15年。彼もまたテレーズ達と同様に年を刻み、年齢相応の風格と雰
囲気を感じさせた。
「ようこそ、グラスランド・ゼクセンの方々。西からの長き道のり、ご苦労様です。
私がミューズ市市長のフィッチャーです」
そう言った彼の対応は壁を感じさせることがなかった。
「…えと、市長自らの迎え、ありがとうございます。
俺は『炎の英雄』ヒューゴです」
「お初にお目に掛かりますな、ヒューゴ殿。
この度は我らの招きに応えていただき、締南国一同喜ばしく思っております。
今回の招き、時期が時期なだけに実現が困難かと心配していたのですが、ご理解
がいただけたようで有り難い限りです」
「理解をしていただけるのなら、敵対する必要は無いと思う。
俺はそう思っている」
と強い意志を秘め、言った言葉にフィッチャーは頬を緩ませて
「ヒューゴ殿は利発ですな。ルシア族長、ご自慢の息子殿ですな」
「当然だ」
二人は知っていて当然。15年前は敵だったのだから。
「さて、私どもは過去の因縁からルシア族長は存じ上げておりますが、その他の方
々は生憎と……・。
とりあえず、お名前の方を伺っておきたいのですが?」
それは当然だ。と、西からの客達は順に自己紹介をしていった。
「フィッチャー市長、お初にお目に掛かる。ゼクセン騎士団団長クリス・ライトフ
ェローです」
「……、ゲドだ」
「フィッチャーさん、議会の方はどのようなものになりそうなのですか?」
アップルが先手を打った。
「ええ。議会は明日正午前に開くこととなっています。
すでに各都市代表はハイランドを除いて、ミューズ入りを果たしています」
「ハイランドだけ、どうして?」
至極当然な疑問をヒューゴは口にする。
「ヒューゴ殿はご存じないのは当然ですね。
ハイランドは、締南国中最も最北に位置している都市です。その為、ミューズか
ら離れておるため、どうしても移動に時間がかかってしまうのですよ」
「間に合うんですか?」
「それは当然。先程、早馬からの知らせでミューズ北の関所を通過した知らせを受
けましたから、今日の日没までには到着するでしょう」
「あのフィッチャー殿、どのくらいの人が出席するんですか?その議会は?」
議会出席経験のあるクリスが当然のことを尋ねた。
「そうですね。六都市六代表に城代表のシュウ殿。大雑把に言えばそうなるでしょ
うが、実際はもう少し増えると思われます」
フィッチャーのセリフに、やっぱり国主は出席しないんだ。とヒューゴは表情を出
すわけではないが、残念な感情に見舞われた。
「話はこの場で、決着がつくようなものなのか?」
今現在、ヒューゴ達にとって一刻の猶予もない時期、余り長い間、グラスランドを
離れていることは得策ではない。
しかし話し合いというものは、悪戯に時を消費しかねないものであった。ゲドに
とってはその事が何よりも心配なことである。
「当然、決着を付けます。その為に貴方方をこの国に招いたのですから」
「そうであるのなら、いいのですがな」
「ゲド殿は、慎重は方でいらっしゃるようですな?」
「…………」
「ご安心を。我らとしても悪戯に時を無駄にするわけにはいかないのですよ。
流れてゆく時の中で出来ることは僅か。それを理解しているつもりです。
時の干渉を受けなくなったとしても、『時機』を逃してしまえば、事を成すこと
は不可能となるでしょう。
『時機』を逃すことは出来ません。我々には、それだけの時間を持ち得ていない
のですから。
…ですから、ご心配には及びませんよ」
そう言ったフィッチャーの言葉は、納得させられるだけの強さを受けた。
「……。フィッチャー市長はご聡明であらせられるな……」
「ご謙遜を。
我々はただ、『知っている』だけですよ。
時の干渉を受けない、その事が一体どう言うことかとを…」
テレーズもマイクロトフも知っている。理解ではなく『知っている』。一体どう言
うことなのかを。ずっと見ているから……。
「…素晴らしいことですな」
この時、ほんの少しだけゲドは笑った。
「では、皆様。とりあえず今日の所はこの程度として、長き旅の疲れを癒して下さい。
宿の方もこちらで手配しておりますので、是非ご利用下さい」
「ありがとうございます。フィッチャー市長」
「後、皆にも言っておりますので、色々とご見物なさって下さい。
色々と話を交わすことはお互いに有意義なものとなるでしょう。市庁舎にいる者全
てに、その旨伝えておりますので、どうぞ遠慮なく…」
残念ながら、私は会場設営のため、手が離せませんが、と付け足した。
「それって、街を色々見て良いって事?」
「ええ、そうですよ、ヒューゴ殿。
一応、街の外に出ないのなら、何処でも見て回れるように伝えております」
それを聞いたヒューゴは年齢相応の顔をしていた。『英雄』と言えども、まだまだ年
齢以上であるわけではなく、ミューズが如何なる街なのか。興味は尽きぬであろう。
「では皆様。明日までごゆるりとお過ごし下さい」
その言葉を合図に、それぞれは思うところへと移っていった。ヒューゴ達は市内観
光。クリス達はマイクロトフに対して、騎士団について議論を。傭兵隊員達はとりあ
えず市内観光、後は個人行動をとなった。
(last up 2003) ← →