締南国からの議会の参加を表明した後、ヒューゴ達は早速議会に出席する人間の
選出を開始した。
「とりあえずは、ヒューゴ殿、クリス団長、ゲド殿は当然としておいて……」
とシーザーが話を切りだし、
「他のメンバーを一体どうしたものか……」
「あら、それはそれぞれ皆さんに決めて貰えば良いんじゃないかしら?」
とアップルが提案してみた。
「……そうだな。
ヒューゴ殿、どうされる?」
ヒューゴは少しの間考えて、
「母さんと、ジョー軍曹とフーバー……かな。
母さんはカラヤを代表した話を話せると思うし、後は一緒にいくと安心だし…」
「クリス団長は?」
「そうだな。あまり人員は割くことが出来まい。
ボルスとパーシヴァルで…」
と言い終える間際に、
「クリス、俺も行って良いかな?」
と突然会話に乱入してきた。
「貴様が?ナッシュ、何か企みでもあるんじゃないのか?」
「まさか。でも君達とは違う視点で事を見てきたんだけど、どうかな?」
と飄々とした態度である。
「……。
まぁ、とりあえず、ボルス、パーシヴァル、ナッシュの三名と言うところか。
騎士団の連中は、ブラス城には三名は残しておきたいからな」
「ゲド殿は?」
「いつものメンバーだ」
「了解した。…じゃあこれで良いかな?ヒューゴ殿、他には連れて行かれなくてい
いかな?」
「じゃ、フッチさんとブライト」
「判った。
アップルさん、俺かアップルさんかが行った方がいいんじゃないのかな?」
「そうですね。
…締南には私が行った方がいいでしょう。あそこは私の方がよく知っているし、
シーザー、貴方がこの軍の軍師なのだから、貴方が離れるわけにはいかないわ」
「よし、じゃあメンバーを召集して準備に取り掛かってもらおう」
「シーザー、私はテレーズさん達にこの事を伝えてきます」
「お願いします。じゃあ、みんな準備に取り掛かってください」
別室で待機している締南国からの客人にアップルは先程の内容を伝えた。
「判りました。
ですが思ったよりも大勢になってしまいましたね」
少々申し訳なさげにテレーズが口を開いた。
「仕方がないですね。何と言っても複数の部族が存在している状態で対立国があり、
その上、間者やら辺境警備隊などが関わっている状態ですから、どうしても大所帯
になってしまいますよ」
「でも、こんな所でアップルちゃんに会えるとは思っても見なかったわ」
と懐かしそうにニナが言った。
「そうですね。他にも何人か見知った顔の方もいらっしゃいましたし…。
アップル、貴方はどうしてこの戦いに?」
クラウスが紅茶を飲みながら尋ねた。
「私、今シーザーの教育係って事になっていてね」
「シーザーって、あの赤毛の少年ですか?あの年で軍師とは目を見張るものがあり
ますが……」
エミリアがおっとりした表情で感想を漏らした。
「それで、シーザーの目的の関係から、この戦いに関係するようになってね……」
テレーズは思うところがありアップルに尋ねた。
「アップル、あの少年は、もしかして……シルバーバーグの?」
「ええ。シルバーバーグの血を連ねる者です。
しかもご祖父が、レオン・シルバーバーグで……」
『!』
「クリスタルバレーで勉強していた時、懇意になってそれで教育係になって……、
と言うところかしら?」
「あの少年の目的は一体何なの?」
エミリアは眉を顰めて、訊ねる。
「シーザーには上に兄がいて、名前をアルベルトと言うのですが、その彼と考えの
違いから確執があり……。 アルベルトは祖父レオンの教えに共鳴し、歴史は人
が関与してより良いものとする、と言う考えから行動をしているのですが、シーザ
ーはそれに対して反発をして、アルベルトを追っているんです」
「……複雑、なのね」
アップルは一息ついて紅茶を飲んだ。口の中に広がる薫陶は、今まで呑んだこと
のない爽やかなものだった。他国との貿易で成り立っているゼクセンが仕入れた茶
葉を使用した紅茶であるのだろう。疲れた体をリラックスさせてくれた。
「ところで……」
とアップルは話を切り出しながら、自分達以外に誰もいない、気配がないことを確
認して
「この派兵…、一体誰の提案なのかしら?」
「と、言うと?」
「彼の性格から考えて、今の時期になって派兵させる、と言うことが考えられない
の。
彼だったら、派兵するのであればもっと早い段階で派兵していたはず。もしくは
自分自身が来ていたかも知れない…。
でも、実際は、今の段階になって……。
この派兵、締南の総意なの?」
アップル自身、十五年前彼と共に戦った仲間である。彼の考え方はよく知ってい
る。優しいあの彼を……。だからこそ、今回の事において、腑に落ちないものを
払拭することが出来ないでいた。
「今回の派兵は…、天威様は関与されてはおりません……」
テレーズは視線を落としたまま答えた。
「では何故?」
「今回の事、当初、締南では傍観を決めていました。
隣国でのことであって、我々が悪戯に関わるべきではないと、天威様も我々もそ
う思っておりました。
しかし戦況は決着がつくわけでもなく、ハルモニアが介入したことによってさら
に混乱を極め、国内では派兵の検討を始めましたが、天威様はこの事に関して、口
を出すことをせず、我々に任されるだけでした」
「…………」
「そして派兵という支援に対して、ヒューゴさん達を締南に招くことも、天威様は
何も仰らずに黙認と言うことで、今回の事が成り立ちました」
「では、派兵の件は兄さん達が決定したことであって、全く天威は今回の事に関心
を抱いていないの?」
「……関心を抱いていないと言うわけではありません。
グラスランドに最も近いミリトの村、戦乱の余波を受けないように、早期から国
境は臨戦態勢に入り、マチルダ騎士団が配置されております。
天威様の国内での動きには目を見張るものがありました。
ですが国境を、越えることはありませんでした…………」
ミリトの村は15年前の戦争で無為な被害を被った村である。それ故、二度とそ
の様なことが起きぬように、迅速な行動だったのかも知れない。
「………………、何か知っているのかもしれません」
そうポツリと、言葉を漏らした。
「クラウス、何を知っているというの?」
「判りません。ですが、天威様は何かをご存じなのかもしれません。
その所為で、自ら動かれようとはしていないのかもしれません。
推測に過ぎませんが……」
クラウスはシュウと共に天威に最も近い位置にいる人間である。その事より、何
かそう感じるものがあったのかもしれない。
「私は、天威君は何があっても兵を出さないと思ってたんだけどな…」
「ニナ、それはどうして?」
紅茶を飲みながら、
「だって、締南で最も戦を嫌っているのは天威君よ。戦を起こすこと、戦が起きる
ことがどんなことか一番よく知っているはずでしょ?」
「そうね」
「紋章の継承者だからって万能じゃない。隣国で戦が起きたこと、多分、一番悲し
んでるのは天威君。きっと、何かしたい、どうにかしたいって思ってるけど、無闇
やたらに干渉することが良いことかって考えたら、そうじゃないはず。
だから、何を言われてもダンマリを決め込むんだと思ってた」
介入するとしても、多少の援助ぐらいだと思ってたんだけどな、と付け足した。
「でも結果的にグラスランドで起こっていることは、締南として無視し続けるには
難しい状況までに悪化した。
その結果、派兵という支援をするに至った……」
結論立てても、どうもしっくりとこない感じであった。人の思惑が幾重にもなっ
ているのである。そうそう、すっきりするものではないと、頭で判っていても納得
できないでいた。悪い癖ね、とアップルはひとりごちた。
「まぁ、とにかく変な背景はなさそうね」
「おやおや、アップルさんらしくなく、疑いの姿勢でモノを見ていたようですね」
「仕方ないわ。ルシア族長とかいるんだもの、多少オーバーな物事考えないと。軍
師として、信頼をなくしてしまうわ」
「立派な考えですね」
「さて、テレーズさん達の部屋、聞いてきますね。
多分、サロメ殿が手配してくれていると思うので…」
そう言ってアップルは立ち上がり、
「明日にも、出発の準備は完了すると思うので、皆さんは早めに休んで下さい」
「そうですね。時間にゆとりは、ありませんから……」
こうして、過去統一戦争での仲間内の会話は終わった。
(last up 2003) ← →