今までテレーズの背後に立っていたマイクロトフが話し出した。
「我々としては、派兵、という強引な手を使いたくはなかったが、隣国で動機が不
明瞭な戦が発生し、その後に原因不明の寒冷現象が起きた。
国を守る者として、民を守る者として、これ以上得体の知れないことに民達を危
険に晒すわけにはいかぬのでね」
それに、と付け加え、
「我が友好国トランも此度の争いに憂慮し、結果、原因解明追求の行動に出たと言
うわけです」
大人しく聞いていたルシアは、テレーズ・マイクロトフを見やり、
「それが口実の派兵かい?
とか何とかいっといて、実際はお前達もハルモニア同様ではないのか?
グラスランドとゼクセンが疲弊した隙にこの大地を手に入れようとしているだけ
ではないのか?」
グラスランドの住人にとっては充分考えられることである。実際過去に、それと
似たようなことが起こっているのである。
彼女らにすれば、ハルモニアも締南も同様の存在である。
その問いに対してテレーズは
「もしそうだとしたら。我々は先程の時点で貴方方に加勢などしてはおりません。
ゼクセンとグラスランドそしてハルモニア、三者が啀み合い疲弊しきった時に介
入すればいいのですから」
「……もっともだ」
「この度、我々が兵を用いてこの場に赴いたことは、先程話した通り、この一連の
事件を調べるためです。
そして締南としてはこの出来事を解決するためには、『炎の運び手』に物理的な
援助を考えております」
「どのような?」
「物資から人材までです」
『!!』
会議場に驚愕が走った。
「それは『借り』ということでしょうか?」
クリスの背後に控えていたサロメが冷静なそぶりで聞いた。彼自身、今の内容は驚
きでしかないだろう。
彼らにとって締南国は大国である。十五年前にやっと統一された国ではあるがそ
れ以前からハイランドと都市同盟として存在してたのである。建国間もないゼクセ
ンからしたら比較にならない程度の国である。その国が……。
「いいえ、『先行投資』といっていただけないでしょうか?
我らが締南を脅かすやも知れぬ出来事を我々にとって水際で塞き止めることが出
来るのであるのなら、ある程度の支援、戦が発生することを考えれば、安いもので
すわ」
「……」
「なるほど、テレーズさん、あんた達がここに来た理由は判った。そして、あんた
達が当面の間、敵ではないことも判った。
しかし、この『支援』あんた達が来て『はい、これだけの手勢お貸しします』って
わけでもないだろう。
『支援』に対する条件は一体何なんだい?」
冷静に考え話すシーザーを見たテレーズは、ふっと微笑み、
「シーザーさん、と仰ったかしら? 貴方は本当によい軍師でいらっしゃるのね。
貴方のそのお年で、ここまで考えられることに驚嘆を憶えますわ」
教育者が優れているからかしら?と言って、アップルの方を見た。アップルはアッ
プルで、
「テレーズさん、この子を褒めたって何も出ませんよ。実際の所は、まだまだなん
ですから……」
「アップルさん……」
今まで冷静な軍師を演じていたシーザーは今のセリフのお陰で年齢相応の少年に戻
っていた。
テレーズは、そんなシーザーを微笑ましく見ながら言葉を繋げた。
「我々締南国は『炎の運び手』に対して『支援』する事をほぼ決定しておりますが、
派兵の承認はされてはおりません。
我々としては、承認するために、この一連の出来事に関係した人間の証言と物的
証拠を議会に、ジョウストンの丘で開かれる議会に参加していただきたいのです」
「どうしてわざわざそんな事を?」
ヒューゴは不可解でならないようだった。現にテレーズ達は今この場に、兵を率い
ているではないか?では、それはどうなるというのか?
「先程お話ししたように、我々にとってグラスランドで発生した事は全て推測にし
か過ぎないのです。
我々の推測を現実のものするために、証言と証拠が必要なのです」
ヒューゴと全く正反対の立場に立っていたクリスは
「証言は我々が話せばすむことだが、証拠とは一体何を求めているんだ?」
「50年前の英雄の幻に振り回されるわけには参りませんので、幻ではなく現実で
あることを我々に証明していただきたい」
即ち『真の紋章』を見せろ、と言うことである。
「俺が締南国に行けって言うこと?」
「貴方だけ、とは言いません。我々としては様々な視点からの情報を必要としてい
ます。証言が多い方が我々としては客観的に判断することが出来ますので」
「何人でも?」
「承認を得るために、その方が有利であると思われます」
彼女が言っていることは、継承者と複数の視点の立場の人間に締南国に赴き、一
連の事柄を証言しろ、と言うことである。
結果として、ヒューゴ、クリス、ゲドが継承者として、ゼクセン、グラスランド
の代表の者が赴くことが求められ…。
「この時期に、離れることは得策とは思えんが?」
一体何時襲撃を受けるか判らない状態で、しかもこちらとしては兵力不足であると
いうのに主戦力が欠けるとなると危険ではないか、と危惧するルシア。
「しかし、これで締南国の支援を受けられるとしたら、我々としては兵力不足を解
決することが出来、攻勢に出ることが可能となるぞ」
とクリス。
「クリスの言うことはもっともだと思うが、帰ってきた時に仲間がいなかったら意
味のないことではないのか?」
と白い羽を腕組みながらいうジョー軍曹。
「…………」
「ねぇテレーズさん、今我々としては人員を割くわけにはいかないのだけど?戦力
的な問題からして……」
「その事について、提案しても宜しいでしょうか?」
「何なんだ?」
「我々としては、この戦時中に軍の中心人物を国に招こうとしています。その事に
よって貴方方が不利になることがないように、我々が率いた兵を半数防衛のため、
提供したいと思っているのですが?」
「……っ!!」
「その兵で後ろから攻撃されるのは困るのだがな……」
ルシアの反応は当然の反応である。
「……その代わり、我々が貴方方に手を出さない保証を預かって欲しいのです
が?」
「人質を出すと?」
「それで貴方方が信用していただけるのなら……」
そう言って、テレーズは三名ほどの名前を呼んだ。
「紹介いたしますわ。過去統一戦争時締南軍副軍師として軍を指揮し、現締南国で
宰補シュウの補佐をしている、クラウス・ウィンダリア」
紹介された人物は物腰の柔らかい人物だった。容貌も穏やかな表情をしている男
性である。
「クラウスッ、貴方が?」
「ええ、アップルさん。お久しぶりですね」
彼女たち二人は、副軍師として共に策を立てた仲間である。
「そして、グリンヒルで私の補佐を務めている、グリンヒル学院学院長エミリアと
ニナ」
「エミリアと申します。よろしくお願いします」
緑色のスーツを身に纏った如何にも仕事が出来る雰囲気を持つ女性だった。
「ニナです。よろしく」
こちらは明朗快活な印象を与える女性で、リリィを感じさせるものが何処かにあっ
た。
この三人とも、過去の大戦をくぐり抜けた人物であり、今の締南国の中枢の人間
である。人間の価値として考えるなら、十分な存在であろう。
大国の締南としては申し分のない人選だと考えられる。
「……確かに、締南にとって価値のある人物ですな」
納得せざるを得ないと言う顔のサロメ。
「ヒューゴ殿、締南国は誠意を持ってこの度の議会に我々の出席を望んでいるよう
です」
シーザーもまた同意した。
「これ以上、言う事はないだろう」
とルシアは少々複雑は心境で言った。
ヒューゴは顔を上げて、
「テレーズさん」
「はい」
「俺達『炎の運び手』は貴方方締南国の誠意を汲み、締南国の議会に行きたいと思
います。
今の俺達は、グラスランドとゼクセン、何とか一つになっているけど、まだまだ
兵の数でハルモニアに匹敵するほどではない。それに、この争いを一早く終わらせ
たいと思っている。
貴方方がこの争いを危険に感じ、俺達に協力してくれるというのなら、協力して
欲しい」
テレーズにまっすぐに向けられた二つの視線を受け取り、
「我々は、隣国であるグラスランドとゼクセンのこの争いを憂慮しております。
こ の争いを治めることが出来るのであるのなら、我々締南は出来る限りの協力を、
支援を行おうと思っています。
それは、我々締南国国主天威の想いでもあるのですから……」
(last up 2003) ← →
今読み直すと、少々無理な設定だな〜。(笑)