古き英雄から 1 




「ったく、斬っても斬っても埒が明かないっ!!一体どれだけ敵がいるんだよっ!!!」
ヒューゴは手に持ったクワンガを煌めかせ、目の前のハルモニア兵を切り伏せた。
 彼が身に纏うカラヤ族の衣装はすでに敵の返り血を浴び、茶色の地をした模様は
失われていた。
「ヒューゴッ!!戦いに集中しろっ!! 一瞬の油断が命取りになるぞっ!」
そう叫んだのはヒューゴの後方でラティプラジュリを地に埋め込んだジョー軍曹だ
った。
「死にたくないのなら、目の前の敵を倒せっ!!」
そう言って彼は新たに接近してきたハルモニア兵と応戦していた。激しい剣戟が大
気を震わし、鬼気を肌で感じることが出来た。
「あ、あぁ……」
ヒューゴはそう答える、接近してきたハルモニア兵を迎え撃った。

 この戦闘の中心地で、カラヤ族の族長ルシアは認めたくない事実に直面していた。
 この戦い。あまりにも分が悪すぎた。『白き乙女』クリス、傭兵隊長ゲド、そし
て『炎の英雄』を継承した我が息子ヒューゴ。皆が皆、獅子奮迅の活躍をしていた
が、圧倒的な物量の差、現実は多勢に無勢。
 若き軍師シーザー、歴戦の軍師アップルの才を持ってしても、この情勢を打破す
ることが出来なかった。
「ルシアッ! このままでは我々はっ…」
クリスは敵を蹴散らしルシアの背後についた。クリスが誇る銀の髪は敵の返り血に
よりすっかりと赤銅色と化し、彼女が纏っている鎧も鈍色を放っていた。
「判っている。しかし……」
「止む終えまい。ブラス城まで撤退する。それ以外に手はないだろう。
 機を逃せば、我々は全滅するぞっ!」
 ルシアとして、クリスとして、ここでも撤退するわけには行かなかった。度重な
る撤退により、自分達の逃げ場を失っていった。リザードクラン、ダッククラン、
このまま敗走を続ければ、残された場所はゼクセンのブラス城と首都ビネ・デル・
ゼクセを残すだけである。一歩も退く事が出来ない状態である。
 その事はクリスはもとより、ルシアも重々承知のことであった。
 しかし戦況は無慈悲にも以前変わることなく、こちらが我が不利であることには
何ら変わらず、悪化の一途を辿っていく始末。
「ルシア族長、このままでは全滅するだけだ。ブラス城まで撤退し形勢を立て直す」
そう言ってきたのは数人の護衛に囲まれた軍師シーザーだった。アップルは別行動
をとっているようである。
「シーザー……」
「俺としてもここを落としたくはなかった…。しかし……、策が成らなかったとは、
俺はあいつに劣るというのか……」
悔しげに吐いた最後の言葉は彼自身に向けられたモノだった。
「致し方なし……か…」
彼女は自分が持っている撤退を知らせる笛に手をやった時、
「申し上げますっ! 前方より多数の未確認の兵が出現っ! 」
その瞬間に撤退の機を。彼女たちは完全に失ってしまった。
「何だと……、まだ、敵がいたというのか……」
冷静を常とするシーザーの顔がこの瞬間完全に凍り付いてしまった。
「万事休すか……」
クリスは改めて己の愛剣シュテンディヒの柄を握り直し、
「この様な所で朽ち果てるなどっ……」


 新たな敵の出現をヒューゴ達も確認していた。
「ジョー軍曹っ……」
「考えたくないが、どうやら最悪な事が起こったようだな…」
蒼い衣を纏った騎馬兵を確認できた。
「やっこさん、どうやらケリを付けるようだなぁ」
やれやれと溜め息をつきながら、未だ闘志に衰えは見えなかった。
「…だとしても、こんな所で死ぬわけにはいかないっ!!」
ヒューゴもまた剣を構えなおした。
「ヒューゴッ! しっかりついてくるんだぞ。『炎の英雄』の恐ろしさ、あいつらに
刻みつけてやるっ」
「あぁっ!!」
「キュイイィィィン」
三人は迎え撃とうと駆け出そうとした瞬間
「待って、待ってくださいっ!! ヒューゴ待ちなさいっ!!」
馬の蹄の音を鳴り響かせて着たのは、アップルだった。
出鼻をくじかれたジョー軍曹は不平の色を隠そうとせず
「嬢ちゃん、何だってあんたがこんな所いるんだよ。死ぬつもりか?
 さっさと後ろに下がるんだっ!!」
 と投げやりな態度で取り合わなかった。事実、剣を持たない軍師が戦闘のまっただ
中にのこのこ来ることは、命知らずも良いところである。
 その応えに対して、アップルは
「黙りなさいっ、アヒルッ!! 
 あれは、あの軍団はっ、敵ではないわっ!!」
「何を……?」
 頭でもイカれたか?と疑いの眼差しを投げられているのを構わず、アップルは接近
してくる軍団を見て、
「……一体、どういうこと…?何で…。
シュウ兄さん…、貴方は何を考えているの?」
事態を掴めていないヒューゴは、
「な、なぁアップルさん。あの軍団はハルモニア軍じゃないのか?」
と恐る恐る訊いた。
「あの軍団は違う。ハルモニア軍ではありません。
 あれは……」
 アップルが次の言葉を紡ごうとした次の瞬間、蒼い衣の軍団の先頭に立つ人物が名
乗りを上げた。

 ルシアの下でも、信じがたい奇妙な光景が眼前に繰り広げられていた。
今まで戦っていたハルモニア軍に対して、突如として出現した軍団が戦闘を開始した。
 軍の基調の色は深緑。馬上からの弓による攻撃で距離を置いて、ハルモニア軍を攻
撃していった。
「一体、これはどういうことだ?」
シーザーも突然起こったことに、理解がついていなかった。
「…彼らは、敵ではないのか?……」
クリスもまた、狐につままれたような顔をしていた。
 そんな彼女たちをおいて、一人ルシアは苦虫を噛み潰したような顔をして、
「……。一体どう言うつもりだ……?」
「ルシア?」
「何のつもりだ? グリンヒルの娘……」
ハルモニア軍を掃討しながら、金髪をなびかせた人物が馬上より口上をあげた。


「グラスランドの民よっ!! 過去の罪を贖うべく、馳せ参上したっ!!
 グリンヒル、助太刀いたしますっ!!」

「マチルダ騎士団っ!! 参戦致すっ!!」

 これを合図に、グリンヒル・マチルダ軍は一斉にハルモニア軍に躍りかかった。






 ゲドはグリンヒル・マチルダ軍の参戦を見ながら、一人考え込んだ。一体、これ
は何を背景として、両軍は参戦したかと。
「いや〜大将、見物ですねぇ。あっという間に、ハルモニア軍を蹴散らしていきま
すぜ」
エースは絶景っと言わんばかりに楽しそうである。
「いやはや、戦上手のマチルダ騎士団がこれほどのものとは思わんかったわい」
ジョーカーの眼前で繰り広げられている戦闘は、騎馬を駆使して機動力でハルモニ
ア軍を翻弄していく様が映っていた。
『グリンヒルにマチルダ、ともに締南国で最もグラスランドに近い地域。
 グラスランドで起こっているこの事変に対して兵を投入したのであろうが……』
と考え込んでいる。
 大体の時期が不可解だった。確かに統一戦争後、グラスランドと締南国の関係は
改善され、良き交易相手となっている。しかし、わざわざ隣国の騒動に兵を投入す
るほどの仲ではない。トランほどではない。にもかかわらず、この時期になっての
派兵。
 ハルモニアにグラスランドを獲られれば、締南国は北と西をハルモニアに挟まれ
ることになる。それを危惧してのことか?
 それとも……?
『訊くところによると、締南国の英雄天威)は真の紋章を継承した人間だと聞く。
 その事が何か関係しているのかもしれんな……』



 グリンヒル・マチルダ両軍の参戦により形勢は根底から覆され、ヒューゴ達『炎
の運び手』は勝利を収めた。
 ヒューゴ達は突然の闖入者を迎えるべくひとまずはビュッテヒュッケ城に戻った。

 ブラス城二階、クリスの自室隣の会議室にて、その場は持たれた。
 部屋には、カラヤ族からはヒューゴ、ルシア、ジョー軍曹が。リザードクランか
らはデュパ。ゼクセンからはクリス、ボルス、パーシヴァル、サロメ。傭兵隊から
は、ゲド、クィーン、ジョーカー。そして、アップル、シーザー、リリィが集った。
その彼らと対峙しているのが、
「まずは、自己紹介をさせていただきます」
そう言ったのは、金髪の妙齢の女性だった。
「私は、締南国グリンヒル市代表テレーズ・ワイズメルです」
年の頃は三十代後半だろうか、年を重ねているようには感じさせず、姿勢ものびて
おり、非常にキチッとした印象を与えた。
続いて、蒼い衣を纏った男性が口を開いた。
「私は締南国マチルダ騎士団団長マイクロトフです」
その二つの名前を聞いて、微動だにしなかった者、困惑した者、全く無知であった
者、反応はそれぞれであった。
「さて、自己紹介が終わったところで、率直に訊きたいなグリンヒルの娘」
そう切り出したのは、ルシアである。彼女はテレーズと因縁浅からぬ仲である。
「お久しぶりですね、ルシアさん。お変わり無いようで…」
「貴様ら締南国、一体どう言うつもりでお前達をよこしたのだ?」
この問いかけは余りにも不遜であった。クリス達、カラヤの人間達の言い様を心得
ていても今の物言いは、不安させるには充分だった。
「テレーズさん、私もその事の全て聴きたい。締南は、シュウ兄さんは一体何を考
えているの?この時期に、派兵するなんて、それに……」
「アップルさんも、お久しぶりね。
 お二方、話す前から質問を畳みかけないでくれないかしら。何を言っていけばい
いのか混乱してしまうわ」
「……とりあえず、ルシアさん。貴方の問いから答えていきましょう」
ルシアの方を向き直り、テレーズはゆっくりと話し出した。

「事の始まりは、ゼクセンとグラスランドの紛争が起きた時から。
 休戦協定を結ぶという行動に移ったのに関わらず、協定の場は破壊され、再び争
いは起こった」

 テレーズの言葉に、グリンヒル、ゼクセンの人間の表情が翳った。
「第三者である我々としては、あの時点で協定の場を壊してまで戦を起こす理由が
見いだせませんでした。
 そして、その時から少し過去に、ある情報がハルモニアから届きました。新しい
神官将が就いたという話。
 神官将が就き、その直後にグラスランドでの紛争の再開。
 我々としては何か不透明なモノを感じました……。
 それから、ハルモニアの進軍。
これはまるで、ハルモニアに介入してくれと言わんばかりの舞台のお膳立て。
 この時点で、締南国宰相シュウはグラスランド・ゼクセンの紛争はハルモニアの
進軍を促すためのモノではないかと、仮定したのです…」
テレーズは皆の顔を見て、同意を確かめた。皆、テレーズの言う内容に異論はなか
った。
クリスは
「テレーズ殿、貴方の言うとおりでした。全てが不可解で、私は我々ゼクセン騎士
団は操り人形のように、踊らされているようでした。
 シックスクランとの休戦協定から、リザードクランへの進軍……」
テレーズは話を再開した。
「ハルモニアとしては、五十年前の過去に奪われた『真なる炎の紋章』を奪取する
という大義がありましたが、ここで一つの疑問が発生します」
「疑問?」
ヒューゴは不思議そうに鸚鵡返しで言った。
「ゼクセンとグラスランドが戦いを起こせば、確かにハルモニアとしてはその混乱
に乗じてグラスランド侵攻が容易となります。
 しかし、彼らの目的である『真なる炎の紋章』が確実に確認されたわけでもない
のに進軍はなされました。ある雲を掴むような噂だけで。
『真なる炎の紋章』が五十年ぶりに姿を現したのは、ヒューゴさん、貴方が『炎の
英雄』から継承されたからですね?」
「あぁ」
「ハルモニアとしては、『真なる炎の紋章』が実際に確認された時点で紋章を奪取
してもおかしくないのに、未確認の状況で雲を掴むような事を行っています。
 真の紋章は、一般の紋章は当然として、継承したからと言ってすぐにでも使いこ
なせるモノではありません。それは、紋章の研究をしているハルモニアであったら
当然承知のこと。
 それらの状況をふまえて、推測すると一つのことが考えられます」
「……一体、いつになったら本題にはいるのだ?金髪の女よ」
デュパはすでに聴くことを放棄していた。
「ハルモニア軍自体、囮である、ということです」
それまで黙っていたゲドが思い口を開いた。
「…確かに仮面の神官将が、今回の真の紋章奪回を進めているという話を聞いた。
 実際、あの神官将は度々真の紋章に関わる場所に現れている。単独で」
「…アルマ・キナンの水の封印にも現れている」
クリスも口を開いた。
「リザード・クランの高速路の近くにあるシンダル遺跡にも、カラヤの村が焼け落
ちた後にいたぞ」
ヒューゴが思い出すように言った。
「……恐らく、その仮面の神官将が、『ハルモニアのために』という笠を着て、真
の紋章を集めようとしているのではないか…」
ここで一旦、テレーズは口を閉じた。
シーザーは寝癖頭を掻きむしりながら、
「え〜と、テレーズさんっだっけ?」
「ええ」
「締南にいる人間がこれだけのことを推測したのは尊敬に値するんだけどさ、で実
 際の所どうなの?」
何を言いたいんだい?あんたは?
「……実例がないため詳しいことが判らないのですが、真の紋章を複数所有する
と言うことは、余りにも想像することがし難く、脅威を感じます。
 十五年前、締南では二つの真の紋章が戦時中出現しました。
 『輝く盾の紋章』と『黒き刃の紋章』。この二つの紋章は、もとは『始まりの紋
章』であったものが二つに分かたれたモノでした。
 二つに分かたれたモノではありましたが、その紋章の力は強大なモノ。
 『真なる炎の紋章』の他に、他の真の紋章が出現したと聞きます。
 もし、今あなた方が所有している真の紋章が仮面の神官将の手に渡ったら、一体
どのようなことが起こるか想像がつきません。
 現に、リザード・クラン付近で起こった局地的な寒冷現象は、我ら締南国のミリ
トの村までその影響が及びました。
 紋章の力を使用されれば、グラスランド・ゼクセンは勿論、我々締南国もどうな
るか判ったものではありません。
 我々は未知の危険に対して、その危険を回避すべく、赴いたわけです」




 (last up 2003)