この戦いの終極が示される、儀式の地。その様相は『終焉』に相応しく、天と地が混沌した
ものだった。
 シンダルの神殿を取り囲んだ布陣は、敵を逃さぬ鉄壁のものであるのに、何かもとなさを感
じさせる。戦いは、神殿に入っていた強者達に委ねられたのだ。

 神殿の入り口で、布陣を鉄壁のものとしたアップルは、晴れぬ顔で神殿の奥にその視線を向
けていた。
 今となっては…、自分達が外でどうしようと何ら意味を成さぬと先の経験から熟知していな
がらそうせざるを得なかった自身に…アップルは、一人砂を噛んだ。過去、後方に立ち、前線
の戦況を傍観・分析し、自軍を勝利に導いてきていながら、最終局面においては、『軍』では
なく少数精鋭の『部隊』が決着をつける。アップルが経験した大戦で、それが常だった。
 そして、今回も少数精鋭の部隊を見送って…、待つしかないアップルは例えようの無い感情
が心に波立てていた。それが、打つべき相手が自分のよく知る、過去の仲間だったからなのか
は判らない。そこまで、自身を分析したいとは思わない。

「どうか無事に…」
そう呟いて、それが一体誰に対してなのか…。言った本人にすら、判断はつかないだろう。




 馴染みの大地からの束縛から解放されたのも束の間。目まぐるしく変わる景色が、固定され
るとそこは、訪れた事の無い場所でありながら、実に馴染み深い気配を漂わせていた。
「これはこれは……、ルックも本気って感じだねぇ」
 状況に関わらず、気の抜けた感想を洩らすのは生まれからか、経験から齎されたか判別はつ
かないが、『彼』が呟いたとなれば、納得のいくものだった。
「……確かにのう、あの気まぐれな小僧にしては本腰を入れているようじゃ…」
 誉めているのかそうでないのか…、判断に苦しむ表現をしたのは誰もが否定出来ない存在。
この状況を楽しむように、辺りを見回していた。彼女にしてみれば…、世界の崩壊の直前であ
っても、好みのワインを嗜む時間を邪魔される事は許すことは無いだろう。
「…ルック……」
 そう、呟き彼の相手を心配する事が出来るのは、また彼が『天魁星』の宿星たる所以か。

 アップルの目の前に。
 彼女の苦悩を微塵ともせず、各々の感想を明け透けもなく言い放ったのは、彼女に馴染みの
ある変わりない姿の三人であった。
「シエラさん、イーヴァさん、天威さん…」
 周囲に控える兵は一斉に、突如として現れた三人の周囲を包囲した。
「やぁアップル、元気にしていたかい?」
「ふん、ここにの矮小なる者共を下げる良い。これからは意味を成さんぞ」
「神殿の入り口はここでいいのかな?」
 三者三様、状況など物ともせずの自己主張に、自然と顔が緩んだ。
 自分が記憶しているそのままの姿で。外套を深くかぶってはいるが、覗く姿は変わらない出
で立ち、振る舞いの三人だった。
「皆さん、お変わりないようで何よりですわ」
 そう言ってしまえるアップルもどっこいである。突然の闖入者三名に咄嗟で包囲を敷いた兵
の練兵度は大したものだが、如何せん包囲対象は一般兵が束になったとしてもどうにかできる
対象ではなかった。
 アップルは何も言う事無く一動作だけで、兵達の包囲を解かせた。
「彼らが突入してから、どのくらいが経つ?」
 暗雲が低く立ち込め雷を纏った空を見上げながら、イーヴァが確認する。
「一刻は経過していますが、神殿内の複雑さを考えると、まだ本陣に到着している事は無いと
思われます」
「戦闘は?」
 遠くから…と言っても、人間の確認限界以上の地点での戦闘音を人間を凌駕する聴覚で確認
したシエラも訊ねる。
「先程から…、と言うところでしょうか。
 魔法兵団長の報告で、三元素の魔力の放出が確認されているようです」
 真っ先に確認されたのは『炎』。そして『水』、『雷』だそうだ。
「じゃあ、まだまだ余裕はあるって感じだね」
「皆さんにしてみれば、ありありってところではないのですか?」
「当然だね」
「小童共と同じにするでないわ」
 端から聞いていれば、何て出鱈目な会話だろうと嘆くしかないだろう。自軍の英雄、主戦力
の強者達が命を懸けて、世界の命運を決める戦いに身を置いているというのに、その戦いをご
近所の喧嘩程度にしか捉えていない。神殿の中で戦っている仲間が不憫でならない炎の運び手
一団だった。
 
 身に纏っていた外套を勢いよく外す。現れるは、戦いをこなした引き締まった体躯と歴戦の
武具。時の経過から引き離された姿ではあるが、幼く見えようとも可憐に映ろうとも、それぞ
れは確かに、戦に身を置き、自信の実力を持って生き抜いてきた英雄。
「じゃあ、アップル。行って来るよ」
「はい、みなさん。いってらっしゃいませ。決着の後は、かならず銀嶺城に立ち寄らせていた
だきます」
 遠ざかる天威達の姿を見送りながら…、こうして決着を誰かに委ねて、静かに後を待つこと
は何度目だろうか。ほんの少し、『待つ』という立場を甘受せねばならない自身を歯がゆく感
じていたが…、アップルは今は違う、と思えた。絶対の信頼を寄せられる彼らであるのなら、
きっと最悪を回避出来る。彼らにならそれが出来るから…。だから自分は、後始末の用意を始
めていよう。今からならお茶を楽しむ時間も出来るだろう。

 そう結論付けると、アップルは布陣を引いていた兵達に撤収の準備をするように指示を出し
た。
 先にも言ったように。もう大掛かりな布陣を引く必要は無い。後は神殿の中に入った人間達
に全ては委ねられたのだから……。







 (last up 2008 7/8)  
 こんな感じで、『ルッくん救済話・最終章』スタートです。
 気まぐれに微調整が入りながらの更新かと思われます、気長にお付き合い頂ければ幸いです。。