その日の銀嶺城の一階は賑やかだった。魔法使いビッキーの前で、賑やかな一角が出来
上がっていたのだ。
メンバーは、締南軍リーダー天威にその義姉ナナミ、青雷のフリック、熊男ビクトール、
小倅シーナに、そしてトランの英雄イーヴァ・マクドールがその場にいた。
何やら今日の出来事の話で盛り上がっているようで、シーナとビクトールが大爆笑で、
それにつられて周りも笑っていた。
「……にしても、一〇八星って何処にいるのかな?これだけ探しても、今回は誰も見つか
らなかったし…」
今日一日を振り返って、ナナミが口を開いた。足が棒になるまで歩いたというのに、見
つからなかったため、かなり御機嫌が斜めのようである。
「必ずいるんだけどね、盲点な所にいたりするから、根気が必要だよ。僕の時もそうだっ
たからね。何でこんな所にいるんだって…」
先の経験者、イーヴァが苦笑しながら言った。
「そうそう。何度も何度も同じ所を巡ったよ、こいつに付き合わされてな」
と、熊男ビクトール。
「あの時は色々探したな。山を越え、谷を越え…、森を抜け、洞窟を彷徨い……」
と、青雷のフリック。
「特に苦労したのが…、クロウリーとレオン。あいつらは見つけるのが苦労したわ、何度
も何度も往復させられたわで、あいつらのお陰で俺は根気って言葉を知ったくらいだぜ。
だからこれぐらいで、弱音吐くなんて、甘いよ」
と、チッチッチと指を振りながら、いっちょ前な事を言う、小倅シーナだった。
「そうだね、まだまだ行っていない所もあるし、頑張っていこうっ!!」
と前向きな天威である。
「でっもさ〜、イーヴァ。お前も酔狂だよなぁ〜、よくも付き合ってやれるよな、この一
〇八星探し」
お疲れ気味なシーナは天威に寄りかかりながら、イーヴァに尋ねた。シーナ本人として
は、またしても一〇八星であったことに、不満というのかこの腐れ縁的なモノは何なんだ
というのがあり、目の前にいる腐れ縁二人組はともかくとして、わざわざ虎穴に入るイー
ヴァに奇妙なモノを見ているかのような眼差しだった。
「……う〜ん、なんだろね。ただ僕としては単純に、天威を手伝ってあげたいって思った
だけなんだけどね…」
と穏やかに言った。
「そんなモンなんかね」
と疑いの眼差しなシーナ。
「深く考えすぎだよ」と笑って答えた。その笑顔につられて、天威とナナミも何故か笑っ
ていた。
その笑顔を見て、シーナは『この笑顔に騙されるんだよなぁ』とその笑顔から目を逸ら
しながら心の中で呟いていた。
一階で爆笑して、ルックの額に青筋が入りだした時に、一人の人物が一階に降りてきた。
なおも六人盛り上がろうとしていたところに、その人物は冷水をぶちまけた。
「賑やかで、元気そうなことじゃな」
と腕を組んで、階段の側に立っていたのはシエラだった。
「あっ、シエラさん」
と天威がすぐに反応した。他の面々は、ナナミは天威と同様で、シーナはにへらっと顔が
緩み、ビクトールは煩いのがきたと少々嫌な顔となり、フリックはこれと言って変わるこ
となく、イーヴァは初めて会うシエラをただ見ていた。
『初めて見る人だな』とただ単純に思って。
『紅い瞳に、白銀の髪…、何かすごい色の組合せ…』
シエラは天威の方を見て
「ようやっと帰ってきたようじゃな」
とニッコリ笑いながら言った。
「はいっ、今回は誰も見つからなかったんですけど……」
「大分探し回ったんですけど、結局ダメでした」
と天威とナナミが今回の報告をした。
「そうか、残念じゃったな。 残念ついでに、一つ知らせがあるぞ」
と楽しみながら言った。
「知らせ…?」
「何?」
と二人いっぺんに顔色が曇った。
「シュウが早く上がってこいと言っておったわ。何ぞ、話す事があるらしいぞ。早く行っ
た方がいいのではないのか」
お主ら、帰ってきてからだいぶ、ここで話しておっただろう。上まで聞こえてきていた
ぞ。と面白そうに言う。
その話を聞いて、いっぺんにこの仲睦まじい姉弟の顔はどん底に落ちたごとく沈んだ。
「シュウが……」
「また怒られちゃうのかな……」
と暗く沈んだ二人の肩に、ビクトールとシーナが何も言わず肩に手をおいた。
「イーヴァさん、……そう言うわけでちょっと今から頑張ってきます……」
「…あまり、暗い顔にならない方がいいよ。気負いすぎるのも問題だからね。
それに、僕もそろそろ、退散するつもりだったから。気にしなくて良いよ…」
だから早く言っておいで、と声をかける。
「はい。今日はどうもありがとうございました。
また、遊びに行ってもいいですか?」
「勿論、グレミオが喜ぶよ。腕の奮い甲斐があるってね…」
「はいっ、じゃあまた今度」
というと、ナナミと共に一目散に駆けていった。
『バヒュン』とでも言うのか、そんな擬音が付いていきそうな感じだった。
「……『シュウ』という人物は、そんなに怖い人物なのか?」
とイーヴァは少々不思議そうに尋ねた。
「…怖いってわけじゃねえんだけどな。まぁ中身は悪い奴ではないんだが、如何せん、外
面がな……」
「天威ぐらいなら、仕方のないモノがあると思うが……」
「俺もあの軍師サマは苦手だね。人使いが悪くて厭んなるよ」
などなどと、イーヴァがシュウのことを良く知らないことを良いことにこの腐れ縁な方々
はさんざん悪態をついた。
悪態をそれぞれが一通りついて気が済んだのか、漸くイーヴァは解放された。
「じゃぁ、また厄介になると思うが、そんときゃよろしくな。ま、そう遠い話じゃないと
思うが」
「覚悟しておくよ」
そう応えてイーヴァは、ビッキーにテレポートを頼んだ。
ビッキーのテレポートの準備が整うまでの間、イーヴァは、一つの視線を感じていた。
ビクトール達がこちらを見ているのは判るのだが、それとは違う感じの視線を感じた。
一体誰が、自分を見ているのかと、辺りを見回した。辺りにいる人間は、自分、ビクト
ール、フリック、シーナ、少し離れた場所にルック、他は名前の知らない人間……、否、
一人いた。ビクトール達の後ろに立ってこちらを見ている人物。腕を組んで、何か興味深
そうに。
確か、名前は、……シエラ。
「……何か?」
話しかけられたシエラは、別に大したそぶりもなく、
「別に……。『トランの英雄』とやらがどんな人物か見ていただけじゃが?
何ぞ気に障ったか?」
「…………いえ…」
そう返したが、視線の主が誰か判った後でも、その視線が気になって仕方がなかった。
「…………」
シエラはただこちらを見ているだけで。
何を見ているのか。
それは、自分ではなく…… 『ソウルイーター』。
お互いに無言で見ている二人。
シエラはただ見ているだけだが、見られているイーヴァはその視線が不愉快だった。
そんな二人に気付き、ビクトールが訝しげに感じ、シエラの方を見た。
シエラは別に気にもせず、ビクトールの方を一瞥しただけで、イーヴァの方を見たまま。
二人をそれぞれ見合わしたビクトールは、自分に入り込む隙がないと、本能的に感じ、
口を挟む事を控えた。
シエラとイーヴァ。二人の間の気配は険悪なモノとなりかけていた。
「……何ですか?…」
と気配を潜ませて静かに尋ねた。
「………………可哀想にのう」
紅い瞳が音もなく陰った。
「え……?」
全く予期しない言葉だった。
カワイソウ……?
ナニガ?
ダレガ?
「……どういう?」
「………………」
答えは沈黙。
「誰が、『カワイソウ』なんだ……」
「………………」
「………………」
何も答えない。しかし、まだ見ていた。
ただ、シエラは見ているだけで。
「何か言ったら…」と言おうとした瞬間、シエラの口が開いた。
「『ソウルイーター』……可哀想にな……」
その言葉を聞いた時、イーヴァは自分の耳を疑った。
何を言ったのか、理解することが出来ず、ただ目を見開くだけだった。
何か口にしようとしたその時、ビッキーの魔法は完成し、空間が歪み、イーヴァをバナ
ーの村まで飛ばしてしまった。
後には、シエラとビクトール、フリック、シーナだけが残って。
ビクトールはシエラに何かを言おうと口を開いたが、何を言えばいいかわからず、口を
ぱくぱくするだけだった。フリックとシーナも同様で、自分達が口を挟むことが出来ない。
「おい、シエラ……」
ビクトールがやっと口にした言葉は相手の名を呼ぶだけで、適切な言葉が思い浮かばな
い。
そんな3人を後目に、シエラは少しの間、イーヴァのいた場所を見ていて、気が済んだ
のか、答えることなく周りを気にすることなくその場からさっさと退散した。
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