ティント市・クロムの街で。
「ふぅ、だから嫌なんだよ。君のそういう馬鹿さ加減が」
「ルックっ!! そういう言い方ってないだろ!?」
「本当のことだろ? 自分の紋章のことも考えないで回復魔法唱えるなんて、馬鹿としか
言いようがないよ」
「その天威の回復魔法の恩恵に一番、あたってるのはどこの誰だい?」
貧弱魔法使いの癖して、デカイ口叩くなよっ!!
「あの、ルックさん、アイリさん。お話はその辺で…、天威さんを宿の方で休ませた方が
いいのでは?」
と、二人の喧々囂々の言い争いを端で見ていたカスミが言った。
というわけで、輝く盾の紋章の度重なる使用のため疲弊がたまり、天威は宿で暫くの間、
療養することを余儀なくされた。
城に直ぐさま帰還するという案もあったが、パーティーメンバーの大多数の意見で、城
にいるより喧噪が少ないこの地の方が休むことが出来るのでは、という理由から、留まる
ことにした。
ついでに、天威が倒れたことは暗黙の了解で、闇に葬ることとなる。
「天威にはあたしがついてるからさ、みんなは街の方うろついてたら?」
どうせ天威が回復するまで街の外には行けないし、というアイリの意見から、他のパー
ティーメンバー4人、ルック、サスケ、カスミ、ワカバは暇つぶしに出ることとなった。
何処行く宛もなく…、ルック自身も街に対して何の興味も抱いてなかったため、部屋に
いておこうかと思案していた時、ふと覗いた窓に彼の興味を動かす者がいた。
後ろから歩いてくるカスミ達に
「ねえ、ちょっとつき合ってもらえない?」
「…どうしたんですか、ルックさん?」
「何?何々?」
ルックから何かを頼まれる事など、まずそうそうある事ではない。以前の付き合いもあ
るカスミは何かを感じ取り、好奇心旺盛なワカバは、嬉々として反応した。
「…僕は貧弱魔法使いだからね、ちょっと協力してもらいたいんだ…」
「……俺は、嫌だぞ…」
いつも煮え湯を飲まされているサスケとしては、面白いものではない。
「カスミ、もしかしたら、『あいつ』に関わることかもしれないんだけど…?」
「!?」
「協力してくれる?」
「はいっ!! 任せてくださいっ!!」
「……どの様なことをすれば良いんですか?」
「…大したことじゃないよ、ちょっとカマ掛けてもらえればいいだけだよ。
……で、サスケはどうする?」
「…………しょーがねーから…、つき合ってやるよ…」
「……クロムの街か…、ここまで来たら王国軍もそう、表だって行動しないだろう…」
そして、ザジも……。そんな風に考えながら、ナッシュはクロムの街を歩いていた。
先のグリンヒルでの行動の所為で、王国軍からもザジからも追われるようになった彼。
何とか追っ手から逃れるため、ティント市クロムまでたどり着くこととなった。
別に何処行く宛もなかったのだが、風の噂に聞いたゾンビ騒動で、不安定な場所の方
が潜伏するのにも、追跡を逃れるためにも丁度良いと思い、至る事となった。
『…それに、あの妖怪バ…もとい、シエラの事も気にならないわけでも…ないからな…』
デュナンの中にいれば、何か情報が入ってくるかもしれない。
荷物持ち、というあまり良い思い出ではないのだが、しかも、本来の自分の任務すら
果たせていないというのに…などなど、色々と思いを馳せていた。
「さて、やっと着いたんだから、何か旨いモノでも喰ってゆっくりと休みたい…」
宿屋は何処だ?と言うわけで、探し始めた。
うろうろと今日の宿を探している内に、背後から気配を感じた。
人が多い街ではなかったが、振り向くと気配の主は見えず、歩き出すと感じるモノ。
『……ザジか?』
あちこちと歩き、気配を振り切るようにしてみたが、振り切ることは出来なかった。
一定の距離を保って後ろをついてくるのが判った。
曲がり角を曲がる瞬間、肩越しに追跡者を確認することが出来た。
オレンジの胴着を着たショートカットの少女。
『…吠え猛る声の組合の連中なのか……?』
にしても目立ち過ぎないか、あの格好?と頭を悩ませながら、裏路地に入ろうとした
瞬間、
「ガッ!!」
自分の左側の壁に数本の苦無が突き刺さった。
『マジ?』
そう思った瞬間、二撃目が今度は目の前の紙一重の位置をすり抜けて、壁に突き刺さ
った。
「マジだぁーーーっ!!」
と猛然とダッシュした。
背後から、物体が投げられる音が複数聞こえてきて、それに当たらないようにジグザ
グで逃げるのが精一杯だった。
飛んでくる苦無・手裏剣は、的確で一歩判断が遅れると、確実に自分の体を貫いてい
る場所に投げられた。
「一体、何がっ!? 手裏剣なんて忍者のエモノだってのにっ!!」
『組合の奴ら、忍者に暗殺依頼でもしたのか?』などと、裏路地を駆け抜ける。
裏路地に入ってからも、攻撃は止まず、的確にナッシュを攻撃していく。障害物の多
い狭い空間などお構いなしに、ナッシュの動きを牽制するかの如く、手裏剣は繰り出さ
れていった。
背後から、正確には背後上方方向からの攻撃かわしながら、裏路地をひたすら走り抜
ける。
暫く走っていると、手裏剣攻撃が無くなっていた。
「投げ尽くしたか…?」と思った矢先。
オレンジの残光が視界の端に映った。
その刹那、そのほんの一瞬の疑問から体をよじってたため、油断からの負傷は免れた。
自分の背面の壁が、鈍い音と共に拳によって破砕された。
思わず飛びす去り、間合いを開けてみるとそこには、裏路地に入り込むまでナッシュ
を尾行していた、オレンジ色の胴着を着た少女が、拳を構えて立って、足は軽快なフッ
トワークを刻んでいた。
「女の子…?」などと考えている隙に、オレンジの胴着の少女・ワカバは上段蹴りを繰
り出した。
ナッシュはその攻撃を紙一重でかわし、瞬間でその場を飛び退いたがワカバの蹴りに
よって破壊された壁の破片が、見事に飛び散っていた。
「おいっ、ちょっ…、お前一体何者だっ」
と言いながら、ナッシュはワカバの攻撃をかわす。
ワカバはワカバで、全く答える気はなく、次々と攻撃を繰り出していく。
ナッシュは、防戦を強いられる一方で、反撃にでることが出来なかった。
何と言っても状況が状況である。狭い路地裏。グローサー・フルスは元より使う気な
ど無いが、戦闘において使用するナイフはこの狭い状況では不利だった。『振りかざす』
分どうしても、動きが大きくるため。その他の装備している武器にしても、アンカー・
スパイクなどは構えている隙にかわされるのがオチである。閃光弾・爆弾に至っては、
死んでくれと言っているようなモノだろう。しかし……。
ワカバの回し蹴りをかわし後退した瞬間、懐に潜めていたナイフを投げつけた。
「!!」
この攻撃には、流石のワカバも虚を衝かれたのか怯んだのが見えた。飛び退きながら
の攻撃であっても至近距離である。投げナイフと言えども、かなりの効果が期待できる。
これで退散できれば……。
ワカバに目掛けて投げられたナイフが刺さる瞬間、黒い影がナイフを弾いた。
「サスケくんっ!!」
黒い影はかなりサイズの大きい手裏剣だった。
「ワカバッ、迂闊だぞっ!!」
と叱咤しながら、ナッシュに対して攻撃を仕掛けた。ワカバもそれに反応して同時に攻
撃を加えた。
見事なコンビネーションだった。互いの攻撃が確実にヒットしていた。互いの動きを
邪魔することなくナッシュに矢継ぎ早に攻撃を加えていった。
ワカバ一人に手こずっていたナッシュは、サスケも加わったため、流石に、否、元々
分は悪かったのだが、後退するほか無かった。
路地裏の中をどれだけ進んだのか、かなり奥まで入り込んたナッシュ達。
ワカバとサスケの同時攻撃に耐えながら、後退していたらいつの間にか開けた場所に
出た。空間のプレッシャーが変わった。狭い空間だったのが、自分の周りを取り囲む空
気の感じが違った。そんな事を肌で感じがらワカバの気合いの入った上段蹴りをかわし
た瞬間、
背後に紅い影が落ちた。
「御免」
と、そう呟きが聞こえた気がした瞬間、ナッシュの天地は逆転した。
「……一体、どういうつもりか説明してくれないかな?」
と降参した姿でナッシュは自分の目の前に達人物に言った。両手を上げた、万歳ポーズで
ナッシュは膝をついている。喉元には苦無を突き立てられていて、下手に動くと、ぶすり
っという状況である。
ナッシュの目の前に立っている二人、ワカバとサスケは構えてナッシュを見据えている
状態だった。二人はナッシュの問いかけに答える気はないが、お互いどうしようかと、顔
を見合わせていた。
そんな二人を見てナッシュは、こんな年端もいかない子供に俺は一本取られたのか、と、
俺の剣の腕はその程度のモノだったのか、と非常にいたたまれない気分だった。
『……エルザには敵わなかったが、それなりの自信はあったんだが…』と自分の自信がズ
タボロになった。
矜持ともいえぬ自信が打ちのめされたのを自覚した時、突然空間が歪んだ。
「何だ…?」
空間の歪みと光とともに一人の少年がその場に出現した。
現れたのは、自分の目の前に立つ二人の人物と対して歳の離れていない緑色の法衣を着
た少年。
「やぁ、ご苦労様。上から見せてもらってたけど見事な手際だったね」
カスミ、もういいよ。と自分の後ろで苦無を立てていた人物に言って、自分の正面に立
った。
カスミという人物から解放されて、初めて辺りを見回した。自分の周囲にいる人物、緑
色の法衣の少年、少年忍者、格闘少女、そして赤い衣を着た忍者。
「…一体、何のようでしょう?」
抵抗は無意味だが、構えながら目の前にいる少年に尋ねた。
「別に命を取るつもりなんか無いから、安心して良いよ」
と少年は高圧的に言ってきた。
「僕達としては、聞きたいことさえ言ってくれれば、解放してあげるから」
「何が知りたいんだ?」
「…あんた、ナッシュ・ラトキエだろ?」
その問いかけは、流石に驚かされた。確かに、王国軍からはお尋ね者扱いだが、この目の
前に立つ少年は、王国軍には見えない…。
「ハルモニア神聖国、南部辺境警備隊、特殊任務潜入員。なんだよね?」
……どういうことだ、ここまで正確に俺の身元は明かしたことはないのに、……『吠え
猛る声の組合』か?…いや、それだとおかしいな。
「…そうだ……」
「と言うことは、十中八九『真の紋章』探索のための潜入員だろ?」
「……そうだ……」
「…なら、あんたが今まで手に入れた『真の紋章』の情報がどんなモノか、教えてくれな
いかな?」
「…………。知ってどうする?」
「あんたには関係ないことだよ」
いけ好かないガキだ。全てに対して馬鹿にした態度で、偉そうにふんぞり返っている辺
りが、忌々しい。が、そう思っている余裕はなかった。
状況は、ナッシュが圧倒的に不利だった。四人に囲まれているのである。しかも、目の
前の少年の実力がどの程度のモノかは知らないが、その他の三人は、同等レベル。
「…生憎と、情報と言っても大した情報を持っていないんだが……」
「『大した』かどうかは、僕が判断する。問題はハルモニアが、『真の紋章』の情報をど
れだけ掴んだかを知りたいだけだよ」
「…………」
「俺が掴んだ情報は二つだけだ……。
一つは、『月の紋章』が本来の継承者から奪われ、行方不明になっているということ。
今現在、どうなっているか知らない。
もう一つは、ハルモニアからハイランドへ与えられた『獣の紋章』が使用されたと言う
こと。それはハイランドで眷属の出現を確認した
残念ながら、俺が掴んだ情報はこの二つだけだ」
と、言い終えて、ナッシュは自分の前に立つ少年・ルックの顔を見た。
この時、ナッシュが見たルックの顔を言えば……。
何とも表現のつかない様な、何というか、『呆れてものが言えない』と言う表情をして
いた。
「……俺、何か言ったか?」
と、ナッシュが訝しんで尋ねてみたら、特大の溜め息をつき、
「…たった、それだけ……?」
と顔に手を当てていた。よくよく見ると、後ろにいるサスケとワカバも、拍子抜けした顔
だった。
「杞憂…だったね……。無駄骨も良いところだよ……。
たった、それだけの情報しか手に入らなかったなんて……。ハルモニアも無能だね…」
「…………」
煩いな。こっちは紋章探索に集中出来なかったんだよ。色々横槍入ってきたし…。お前
みたいな小僧に言われたくないっ!、と言いたいところでだが、自分で振り返ってみても
言い訳の出来ない結果だった。
「みんな…、もう帰ってくれていいよ」
と呆れを隠そうとせず、力なく言った。
その言葉を聴いて、紅い服の忍者は少し安堵してその場から音も無く去り、少年忍者は、
不満憤懣の表情で続いて姿を消した。格闘少女は、「じゃ、私は街を見てますっ」と言っ
て軽快な足取りで走って去っていった。
目の前に立った法衣の少年の周りが歪んでゆく。
「待ってくれっ!」
「…何?」
面倒臭そうに返事だけする。
「一つ教えて欲しいんだ…」
「ハルモニアの間者に何か教えるとでも思ってるの?」
馬鹿にしたように口の端を持ち上げて答える。
「俺、個人的に知りたいんだ。本国は関係ない。本国に伝えるつもりも無いっ」
どうしても知りたい事を一つ。
「…………」
少年は沈黙したままで。
消え去る気配は無い。
なら……。
「『月の紋章』は本来の持ち主に戻ったのか?」
ティントで起こった吸血鬼騒動。話に聞けば、締南軍主が悪逆の限りを尽くした吸血鬼
を倒したと言う話を耳にした。そうであるのなら…。
「……、『月』はあるべき元に………」
そう呟くと、歪みと共に少年も姿を消した。
後には、膝をついたナッシュだけが残された。
膝立ちから、腰を下ろして。
「…そか。やっと取り返したのか……」
正真の月は、長きの目的を達成した。
自分はミューズ手前での攻防にしか関わる事はなかったが。一つの気がかりだった。
「良かった、な」
(last up 2003)
何が書きたかったのか謎。多分、ワカバとサスケのコンビネーション。
外伝ルートは正規ルートなので、ナッシュはワカバとは会っていません。
尻切れトンボで申し訳ない。