「俺って、どうしてこう、ここまで不幸なんだよ」
愚痴っても仕方がないのに愚痴ってしまう。俺ももう歳なのか……。
『はっくしゅん!!』
これで何回目だろうか。このビッキーのくしゃみと共にどこぞの得体の知れない世
界と現実世界?を飛ばされるのは……。
いい加減にしてくれ……。もううんざりだ。頼むから、俺にまともな旅をさせて
くれ……。
などと言ったとしても、
「だぁ???っ!! そこっ、いい加減に得体の知れないモノを触るなっ!!」
好奇心の固まりであるミリーとメグが状況などお構いなしに勝手な行動をとる。
ビッキーはビッキーで辺りをうろつく。
ヤバイッ、ビッキーは目を離したら最後だ。何処行くか知れンっ!!
「ビッキーッ!! ここから離れるんじゃないっ!!」
からくり丸なぞ、とうにあきらめている感じだった。
頼むから、……もう止めてくれぇ……。
『はっくしゅん!!』
あぁ、またくしゃみか……。今度は一体、何処に飛ばされんだよ、おい。
何度目かの瞬間移動の世界が歪んでいくのを感じながら、いい加減、俺を解放し
てくれ……。
『びったーんっ!!』
思いっきり石畳に叩き付けられた。見事なほどのデイプキスだった。
あぁ、俺のキスがぁぁ……。
?何だ、石畳だとうぉっ!!今度はどこぞ森の中とかじゃないのか。と思いつつ、
体を起こしてみた。
「?」
見覚えのある風景だった。確か一度もたことのある風景だ。しかもそう遠くない過
去。ここは……、
「ミューズ?」
閑散としていたが、確かにミューズの街だった。とんでもなく古い過去でない限り
俺が忘れる事なんてないのだから。
「一体……」
何で、と呟きたかったが、呟いたところで答えなど出るわけではないのだから止め
ることにした。それより、
「あいつら、ビッキー達、一体何処に行ったんだ?」
いつもなら、テレポートをし終えてもその場に、みんな居るというのに今回に限っ
て、自分の出現ポイントに誰もいなかった。
「俺がテレポートからはみ出したのか?」
そんな事はどうでもいいっ。真相がどうであろうが、今はまずあの連中を見つけ
ることが先決だ。今、ここが俺がいた同時代であるなら問題はないが、過去なり未
来だったら厄介だ。
何であれ、あいつらを見つけねば。
さてはて、ミューズの街は広い。一筋縄ではいかないのは、目に見えているな。
とは言っても、結局、街全体を探すしか手はないのだから、腹を据えんと仕方がな
い。
時刻的には夕方。空は赤ワイン色に染まり始めていた。相も変わらず、手を焼か
してくれるよ。あの嬢ちゃん達は……。
過去の記憶を頼りに、街を巡る。市庁舎、道具屋、防具屋、紋章屋。はぐれるん
だったら、もう少し規模の小さい街にして欲しかったよ。
「ったく、ホントに何処に行ったんだか」
鍛冶屋を巡り、レオナの宿屋に行ってみた。
入り口をくぐると、
「あれっ? あの姐さん、居ないのか?」
はっとした。考えてみれば、ルカ・ブライトはこのミューズで『獣の紋章』の解放
の儀式を行っていた。
「…もしかしたら、巻き込まれたのかも知れないな……」
何とはなしに気まずい雰囲気を感じ、それから逃げるように、宿屋を出て、
「となると、最後に残ってる場所と言えば……」
街の入り口か……。
そうして門の方に足を向けた。
門の方にはどうやら、人の気配がした。もしかしたら、ビッキー達を見たかも知
れない。尋ねてみるか。
入り口近くの兵舎を過ぎると、人の後ろ姿が見えた。赤い服を着た少年だった。
「お……」
い、と声を掛けようとした瞬間。
声にならない声が頭の中で聞こえた気がした。
『だめぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!!』
というのと共に、俺は吹っ飛んだ。
吹っ飛び、門と兵舎の間に倒れ込むこととなった。
何故だ、何故ここまで俺は……っ!!
擦過傷だらけの顔を上げてみると、目の前にはボナパルトを抱えたミリーとビッ
キー、少し離れた門の側に立って外の様子を窺っていたメグが居た。
「ダメったらダメっ!!」
と、唐突にミリーに怒られた。ボナパルトもセットで。
「いつつ…、ダメって何がダメなんだよ」
擦られた顔をさすりながら、言い返した。本来なら、俺の方がもっとびしっと言う
べき筈なのに、ミリーはがらに似合わず、本気で起こってた。
「話しかけちゃダメなのっ!!」
「はぁ?」
とんと話が掴めない。
「天威さん、そっとして置いてあげなきゃいけないのっ!!」
「え、あぁ…」
何とはなしに、話が掴み掛けてきた。どうやら俺は、さっき門の前に立っていた人
物に声を掛けようとしたことが、ミリー達にとってはいけないことだったらしい。
何故か。
体をようやっと起こして、辛うじて見える門の前に立っている人物を見ながら
「……知り合いなのか?」
と尋ねてみた。
「うん。天威さん。みんなで一緒に戦ったの」
「ハイランドと?」
「うん」
「みんなで?」
「うん」
マジかよ。こいつらも、あの戦争に参加してたのか?
アイリ達ならいざ知らず、こいつらが役に立ったのか。どっちかって言うと、戦
況を悪化させたんじゃないのか……。
「……それで、何で俺が話しかけちゃヤバかったんだ?」
と聞こうとした瞬間、門の影に立っていたメグが『隠れてー!!』という必死のジェ
スチャーから、何の因果かみんな揃って、植木の影に隠れる羽目になった。
コツコツと石畳の上に靴の音が響いた。完全に地面にふせっている所為で足下し
か見えないが、黒い革靴と黄色のズボンが見えた。
足音が遠のいていくのを確認してから、身を起こしてみた。
「あれっ、ジェスさんだ…」
そう言ったのは、メグだった。また知り合いなのか……。知り合いの多い連中だ
な。
一体何事かと、相手に見えない程度の位置で様子を窺うことにした。
「サボりか?」
声を掛けられ反射的に振り向いてみると、そこにはジェスが立っていた。
「ジェスさん……」
「君が来ていると聞いて、一応顔見せにと思って市庁舎の方に言ってみたがクラウ
スに聞けば、外に出たと言っていたのでな……」
相変わらずの不機嫌顔で、淡々と話した。
「……お久しぶりです」
「……まぁ、挨拶柄、久しぶりと言えばいいのか。さほど時は経ってはいないがな」
と、相変わらずの辛辣な言いようだった。
「…あの、今はサボりじゃなくて、シュウ達が時間がまだあるから……」
何とはなしに萎縮した感じである。
「知っている。会場設営に時間が掛かるから時間待ちをしているのだろう?」
「うん……」
どうやらジェスは、こういう風な言い方しかできないようだ。
一体、何の話をしているんだ。シュウ? 締南軍正軍師のシュウのことを言って
いるのか。
あの少年、今、呼び捨てにしたな。……どういうことだ?
ちらりと横を見てみると、メグ達は今までの脳天気な表情がうってかわって、重
く沈んだ表情で、二人の会話を聞いていた。
「……どうして、ここにいることが分かったんですか?」
ただ真正面を見据えたまま、天威は尋ねた。
ジェスもただ、真正面を見たまま腕を組んだ状態で答えた。
「……あの時、君たちがここで待っていたことは知っていた。
時間帯も同じだ。だから、ここだろうと思った」
優しい夕焼けの朱。世界は暖色系の色に包まれていた。
空は見事なほどの優しい朱色に染まり、雲の輪郭が金色に浮かび上がっていた。
あの時の、空もこんな空だった。
「行動、読まれてますね……」
少し空気が緩んだ。
天威はずっと、正面を見据えたままだった。
正面に広がっているモノは大平原。そして、その大平原を区切るようにのびてい
る街道。その街道の果てを見ている。
黄昏時。人の姿はなく、ただ平原が広がるのみ。誰の姿も見受けられない。誰も
見えない。誰もいない。
そう、……誰もいない。
分かっていること。それでも、心のどこかで納得することが出来ずに、解けきる
ことなく存在している。そのため、こうして今も立っている。
「……分かっているのに、理解しているのに。気づいたらここにいるんです」
「………そう簡単に、物事を割り切ることはできない。誰であってもそれは同じだ
ろう?」
俺とて、そう変わりない、そうジェスは呟いた。
「あの時…、あのマチルダでナナミが撃たれて…、その後も僕は見ていた。
ジョウイから紋章を受け継いで、冷たくなっていく感じも忘れてなんかいないのに
……、ナナミとジョウイは、もう、何処にもいないのに、なのに……」
それでも僕はこうして、ここに立って二人が帰ってくることを求めて止まないで
いる……。
ナナミ…?、ジョウイ?
確か、あのミューズでの子ども達か?……ナナミ、あの子の料理は今思い出して
も気を失いそうだが……。
……って、あの二人、いないのか……?
そう思いを巡らしていた時、ミリーが小さな声で呟きだした。
「……ナナミちゃん、ジョウイさん、もういないんだよね。何処にも……」
「……天威さん、たった独りだね……」
メグもミリーに続くように話し出した。
「その子達、一体……?」
「ナナミちゃんは、マチルダで天威さんを庇って死んじゃったの。
マチルダのお城を落とす時、天威さん達六人で忍び込んで、旗を燃やすって作戦
だったんだけど、その時、ジョウイさんが立ちふさがっちゃったの……」
「…?敵になってたのか?」
「そう言うのは簡単だけど、天威さんもジョウイさんも、なりたくてなったんじゃ
ないんだよ」
「ずっと……ナナミちゃん、ジョウイさんと戦いたくないって言ってたね」
ビッキーも杖を抱きかかえて、蹲っていた。
「……ジョウイ、ジョウイ・ブライト?」
そう確かめるように尋ねると、三人全員、静かに首を縦に下ろした。
「天威さん、ずっと戦うこと辛かったと思う。一番大切な人、殺さなきゃいけない
んだもん……」
「でも、ジョウイさんも死んじゃった……」
ミリーはボナパルトに顔を埋めて言った。
「殺したのか?」
「……違う。あのままじゃ、どっちも死んじゃうの。二人とも、この戦争で紋章の
力使いすぎて……、天威さんよく紋章の力使いすぎて倒れてたもの。
だから、ジョウイさん、自分の紋章を天威さんにって……・」
「右手を見たら、分かることなのに。今この手の甲にある紋章は『輝く盾の紋章』
ではなく『始まりの紋章』なのに……」
それでも、納得できなかった……。
『だから、あいつは独りになっちゃった』
「これからずっと、天威さんひとりぼっち……。城にはまだみんなは残ってるけど、
ナナミちゃんもジョウイさんももういないんだもの」
「ずっと、ずうっと、独りなんだもの……。
酷いよね。一番大切な人たち無くしても、ずっと独りで生きて行かなきゃいけない
なんて」
ミリーはもう顔を上げることが出来ず、ボナパルトを抱きしめたままだった。
「あたし達みんなのために戦ってくれたのに、一番辛い思いしたのに、何も報われ
ないんだもの……」
「天威様、ここでしたか」
そう声がして、見てみると紫の服を着た穏やかそうな青年が、天威達二人の後ろ
へ向かってきた。
「クラウス」
「あぁ、ジェスさん。お久しぶりです」
「久しぶりだな、クラウス」
クラウス? クラウス・ウィンダリア? 確か、ハイランド第三軍キバ・ウィンダ
リアの息子で軍師の……?、締南軍の捕虜になった後、副軍師になったのが、あの
青年だというのか? あの二十歳程度の青年が軍師だとは…、人は見かけによら
んな…、とあまりお世辞にも格好の良くない伏せた状態で、一人呟いていた。
「天威様、会場設営の方、整いましたのでお越し願えませんか?」
「以外と早かったね?」
「ティントのグスタフ市長が思いの外、早くしろと急かされましてね……」
「…天威、あの話は本当なのか?」
ジェスが額にしわを寄せて尋ねた。
「ティント市が都市同盟より離脱し、共和国となると言うこと……」
「……そうですよ。今回の議会もそのために開かれるようなモノですから」
「…少々、どさくさ紛れ、という感じが払拭できないが……」
「事実、どさくさ紛れと言っても過言ではないでしょう。
こちら側としても全く国内が安定しておらず、戦に疲れ果てている状態であると
いうのに、それを分かった上で言ってくるのですから……」
クラウスはどうやら不愉快に感じているようだった。
まぁ、時期的に考えればそうではあるが、『国家に真の友人はいない』…と言う
からな、仕方のないことだろう。
「……とは言え、僕らとしてはティントが独立することに反対するつもりはないけ
ど、時期が時期だからね、独立を承認するのはもう少し先のことになるだろうね」
まぁ、グスタフさんもその事を分かってるだろうけど……。と何気なく天威は呟い
ていた。
天威……。本当にあの『天威』なのか?
あそこに立つ少年が、ルカ・ブライトを打ち破り、ハイランドを倒した…。人前
には全く出ず、全て正軍師のシュウがその役割を担っていたが。まさか、あんな
少年とは……。
「そう言えば、クラウス」
声の調子が今までとはうって変わり、張りつめた感じが無くなった。
「はい、何でしょうか?」
「……この間の件の対応。ミリトの村に対しての謝罪と援助物資は無事に届いたか
い?」
ミリトだとー!! ってことは、この間の盗賊騒動か?ヤバイっ、ヤバ過ぎるっ!!
何だかよくわからんけど、ヤバイっ!! 俺じゃん!!
「はい。無事についたようですよ。先日、使者として行ってもらったマルロ君から
報告を戴きました」
「……あの戦いの影で、そんな事が起こっていたなんてね……」
先を見つめたまま、天威は呟いた。
「……ミリトの村、確か、グラスランド近くの村だったのを記憶しているが、そ
の村がどうかしたのか?」
戦争終結後、城を出たジェスには知らないことで、クラウスが掻い摘んで話した。
「……何を言っても言い訳にしかなりませんが、あの時期を考えると最も熾烈を極
めた時期でしたからね、戦いに意識を向けるしかなく、他のことなどに気を回して
いる余裕がありませんでした。
ましてや、ミリトは最も離れた場所ですから、意識を回しにくい、そう言うこと
などが重なり、あのようなことが起こってしまいました……」
「それで、クラウス。ミリトの人は何か言っていたかい?」
「はい。マルロ君の話では、何とか誤解が解けたようです。
まぁそれ以前に居た、カミュー殿達の活躍があったおかげですが」
「……カミュー達も災難だな。城を出立した途端に盗賊と出くわすなんて…」
「他にも色々とその場に居合わせたそうですよ。
アイリさん、リィナさん、ボルガン君、ギルバート殿。後、グスタフ殿の命より
赴いていた、ギジム殿、ロウエン殿、コウユウ君……」
「……、何だか俺は盗賊の方を同情したくのなるは、何故なんだ…」
黙って聞いていたジェスが消化不良な顔をして呟いた。
「…・・後、天威殿」
「なに?」
「カミュー殿達の報告にあったことなのですが『ハルモニアの双剣士』殿、その場
に居合わせたようですよ」
クラウスの顔は、何か意味ありげな微笑みをたたえていた。
俺じゃん。……ヤバイ、締南軍主要メンバーなら、俺の報告もそりゃするよな。
これって、やっぱり大ピンチかよ……。
相も変わらず、間抜けな伏せた状態で、冷や汗だけが流れた。
「……話によりますと、盗賊討伐に一役担ったかと……」
「感謝しないといけないね、その人に。
ええと、ナッシュ・ラトキエさんだっけ?」
フルネーム、バレてます。
「はい」
「ホント、色々とお世話になってるなぁ…」
「一体何なんだ、そのハルモニアの人間は?」
「…シエラさんの話じゃ、真の紋章の探索のためにハルモニアから派遣された潜入
工作員らしいんだけど……」
「……だけど?」
「シエラさんの荷物運びだったり、クライブの知り合いだったり、グリンヒル攻防
戦を采配したり、なんだかよく分からない人」
俺もよく分からないよ。
「……本当にそれは、潜入工作員なのか?」
この時のジェスの顔は本当に、胡散臭げな眉間にしわを寄せた顔をしていた。
「……クライブはそう言っていたけど…」
ちょと待てい。何だ、俺の行く先々で出会った人間は何だかしらんが、この締南
軍と関わりを持ったのか? クライブもあの戦争に荷担していたとは…、否、エル
ザ絡みで、致し方なく、か?
俺って一体何なんだよ……。マジで潜入工作員なのかよ。いっそのことハルモニ
ア戻るの止めて、締南国でテキトーに暮らすか?
「……その方には申し訳ありませんが、有り難いですね」
……ありがとう、見知らぬ君よ。
「さて、と、もうそろそろ、会議場に戻っておかなきゃね。
シュウ達をあまり待たすのも、気が引けるし、後々小言を言われたくないし…」
「会議の方、一応俺も顔を出させてもらうよ。住人として、どのような話し合いが
なされるか聞いておきたいからな」
「はい、拝聴よろしくお願いします」
そう言って、三人はジョウストンの丘に向かっていった。
「はくしょん」
丁度いい具合、と言うわけでもなく、ビッキーのテレポートが発動した。
これに関しては、騒ぐ気になれなかった。
体を起こすと、そこは最初の森だった。
やれやれやっと、テレポート地獄から抜け出せたのかな……。
「あれが、英雄、か……・」
元の森に戻っても、先程、見聞きしていた内容の余韻に浸っていた。
やっぱり、あの戦いに、真の紋章が絡んでいたのか…。『始まりの紋章』だった
け? 初めて聞く紋章だな……。
ハイランドの『獣の紋章』、シエラが探し求めている『月の紋章』、そしてあの
少年の『始まりの紋章』……。
「…報告は……」
する必要がないな…。大体、現在任務をほっぽいて勝手な事してるのだから、律儀
にもする必要があるモノか。
「……紋章は、やっぱ重いモノなんだな、シエラ……」
あの少年も、真の紋章を宿しているということは、不老、になるのか。
大切な存在を失ったというのに、不老の生を歩むというのか……。
「はくしゅん」
って、何だよー。人がせっかく感慨に耽ってたってゆーのに。てめーらはー!!
「あー、またビッキーちゃんのテレポートだね」
「ボナパルト、次は何処なのかな?」
嗚呼、俺はいつになったら、この嬢ちゃん達から解放されるんだ……。
だれか、誰でも良いから助けてくれぇぇ……。
(last up 2003?) ← 見直すと凄い文章量…。