炎の運び手を退治した後、ミリトの村人達の自分達に対する誤解は、少しは解け
たようで、白い眼差しに合うことはなくなった。
しかし、だからといって、掌を返したようになるわけでもなく、村人達にとって
は厄介者でしかなかった。
が、今日はその事を気にせず休みたい。何と言ってもハードな一日だったから。
少しぐらいゆっくりしていても、罰は当たらないだろう。
俺達は転がる先もなく、結局マキの家に転がることとなった。
「……それでは、皆さん。ちょっと待っていてくださいね。今、夕食の用意をし
てきますので」
そう言ってマキは、台所に消えた。
転がり込んだメンバーの中の、アイリ、リィナ、ロウエンは、マキの後に続いて
台所に消えていった。手伝うそうだ。
アイリやリィナはともかく、ロウエンが台所に立つという事には、何だが奇妙に
感じ、その事をロウエンの弟分であるコウユウに言ってみると、
「姐さん、あれで結構、家庭的なところがあるんすよ」
柄に似合わず、などと言っていると、すかさず木の碗が飛んできて、コウユウの頭
に見事に当たった。流石、落流星の使い手……。
「コウユウッ、お前暇なんだったらこっち来て手伝いな。こっちは人手が足りねぇ
んだよ」
と台所の暖簾の奥から、ロウエンの声が響いた。
コウユウは声を聞いた途端、シュンと項垂れ、暖簾の中に消えていった。
人手が足りない……。確かにその通りだろう。
現在、マキの家に転がり込んでいるのは、自分を合わせて、カミュー、マイクロ
トフ、ギジム、コウユウ、ボルガン、そして助太刀に加わったギルバートなる人物、
後は台所にいるアイリ、リィナ、ロウエンの十人。それだけの人数の夕食を作ると
なると並大抵のモノではあるまい。しかも、どう見ても、大喰らいな存在がいるか
ら、尚更だろう。
部屋を見てみると。
カミューは流石に大事をとって、ベッドに休んでいた。これにはマキがかなり口
を酸っぱくして言ったこともある。マイクロトフはカミューの看護。ギジムとギル
バートはどこからか取り出した酒で、もう出来上がっている状態だった。
何となく嫌な気配を感じ、そさくさと台所の方へ手伝いと称して避難しようと試
みたが世の中そんなに甘くはなかった。
「おうっ、ナッシュさんよ。兄さんもいっしょに飲もうぜっ!」
と強引にギジムに引っ張られ、結局、酒につき合う羽目になり、程なくして、マキ
達が作った料理が運ばれ、その場は大宴となった。
マキの郷土料理、アイリやリィナが作った旅先で学んだ料理、ロウエンが作った
酒に合う料理と、食卓は豪勢だった。
皆、勝利を喜び、酒を楽しみ、舌鼓を打った。
食卓の上は見事に平らげられ、残り物は何一つ無い状態。
俺も久しぶりに、自分の懐を気にすることなく食べることが出来たので、懐いっ
ぱい、腹いっぱいの幸せ気分いっぱいだった。
食べ終わると、ギジムとギルバードは酒を飲みかわし、カミューとマイクロトフ
はベッドに戻った。ボルガンはこれこそ柄に似合わず読書。コウユウはどうやら、
ロウエンに引きずられ、台所の手伝いをマキ達としているようだった。
俺としては共に戦った仲と言えども、どうにも居心地が悪く、…自分がハルモ
ニアの間者であることも一つの理由で、酒の酔いを醒ますために、夜風に当たりに
外へ出ることにした。
外は暗闇。家から漏れる明かりがあるだけで、辺りはしんと静まりかえっていた。
本来なら、今日、この日は祭りで盛り上がり、夜通し大騒ぎが行われる筈だっただ
ろう。
しかし、『炎の運び手』の襲撃。俺・元締南軍主要メンバー達の参戦により『炎
の運び手』は撃退することが出来たものの、村はそれ相応の被害を受けた。
村のあちこちには襲撃によるモノと、戦闘による爪痕が残った。
夜空を見上げて思った。
『しかし、まぁ。どうしてこう俺は、行く先々で揉め事に巻き込まれるのかねぇ』
見事なほどに彼の行く先々で色々なことが起こっていた。
ミューズ手前での、吸血鬼リィンとの死闘。ミューズ近辺でのハイランド軍駐屯
地への潜入。グリンヒル近辺での金狼との戦闘。クルガン・シードとの戦闘。グリ
ンヒル攻防戦。
振り返ってみなくても穏便に事が済むことがなかった。
恐らくこの先も、穏便に事が済むことはないのだろう。
『……ハルモニアに近づくにつれ、あいつも今よりもっと動くことが出来るだろ
うし……』
ふと何かに気づいたように前を見てみると、先の方にアイリが立っていた。
この先にあるのは、昼間アイリと共に村の外を眺めていた、見晴らしの良い丘。
彼女は星を眺めているのか、夜空を仰ぎ見ていた。
「ようっ、マキの手伝いをしていたんじゃないのかい?」
「あぁ、ナッシュさんか……」
ゆっくりと振り向いてアイリは、
「ロウエンがね、コウユウに片づけの練習をさせるからって言って、手伝わなくて
良いってさ」
アイリの側に立ち、
「…片づけって、あの大人数の食器の片づけか?」
「そう」
今日、使った食器の量を頭に思い浮かべて、
「……災難だな。あの量はちょっとやそっとで片づく量じゃないぞ」
「コウユウも、半泣きになってたよ。ロウエン曰く『良い経験だろっ』だってさ」
その言葉に、俺は曖昧な笑いで応えて、話題を変えた。
「アイリは、どうしたんだ。こんな処で?」
ナッシュの話を聞いている間も、アイリは夜空を眺めていた。
「見ての通り、星を眺めていたんだよ」
「珍しいモノか?」
星なんて、いくらでもあるだろう、そう思いながら、空を見上げてみた。
山に囲まれている分、空は澄み渡っており、星の輝きは増していたが、だからと
いって大差があるわけではない。
「ううん。……そうじゃないよ。この前までいたとこじゃ、星を眺めるゆとりが
なかったんだ。だから、久しぶりに星を見て、……こんなに綺麗だったんだなぁ
って改めて思ってたんだ」
「…あの戦争に、参加してたんだよな。アイリ達も」
「そうだよ。あたしも姉貴も、ボルガンも、カミュー、マイクロトフ、ギジム、ロ
ウエン、コウユウ、ギルバート、あそこにいる連中はみんな仲間さ。
他にももっといるよ」
「……ヤケにこの付近に集中しているが、何でだ?」
「みんなそれぞれ、この国を離れるからだよ。ここにいる連中は、大体、グラスラ
ンドの方へ行くのが目的なんじゃないかな……」
「……国を離れる?
締南軍は、そんなにもメンバーが抜けても平気なのか?」
カミュー、マイクロトフと言えば、赤騎士、青騎士団長として名を馳せている存
在。戦争においても、最前線で活躍した存在だ。そんな人材が、抜けるとなるとあ
まり穏やかな状態でなはいのではなかろうか。
「平気ではないと思うよ。
実際、今でも城の方ではシュウ軍師やクラウスさん達、後任の人事とかで頭を悩
ましていると思うし……」
穏やかならぬ内容をあっさりとアイリは口にした。
「だったら何で……」
至極当然な質問だろう。それ程の人材をいとも簡単に手放すなど、考えられない
ことだった。後任の人材が必ずいるとは限らないのだが……。
アイリは、その問いに対して、少し間をおいて答えだした。
「……今回のね、この戦い。誰も戦いを強要しなかったんだ。
みんながね、このままじゃ駄目だって本気で思って、ハイランドを倒すに至った
んだ。このままじゃ、駄目だって思った。このままだと、みんな死んでしまうって。
そんな思いから、戦争に参加するようになったんだ。
カミューさん達もそう、みんな、自分の意志でこの戦争に参加したんだ。
だから、誰にもみんなの意志を変えることは出来ないんだ。クラウスさんにも、
シュウ軍師にも……。
それにあいつ自身が、そんな事許さないから…・・」
「あいつ……?」
そう言えば、と思った。
昼間でも、アイリの口から『あいつ』と言う代名詞がでた。一体、誰だ?
「…あいつは、誰よりも何よりも命令や強要を嫌がってた。
言ったよ。みんなを前にして。
『みんなの自由に。みんならしくいてほしい』って。
だから、みんな、自由にこの国から旅立つんだ……」
「アイリもそうなのか?」
アイリも、留まることは考えなかったのか? 居心地の良いと言ったこの国から。
「……」
即答ではなく、沈黙だった。
「……あたしは、…あたし達は『必然』、かな?……」
「『必然』?」
「そう。あたし達さ、旅芸人なんてやってるだろ…。街から街へ自分の磨いた芸を
披露して生計を立てている。だから一つの街に留まる事なんてないんだ。ある程度
の期間滞在したら、また次の街へ、ってね……。
今までずっとそうして生きてきた。それが当たり前だし、そう言う風な生き方し
か知らない。
一つの場所では生きていけないんだよ。
あたし達は、根が張れないんだ。……根無しなんだ……」
そう言ったアイリの横顔は、寂しさに彩られていた。
「……何か、話聞いているとアイリは離れたくなさそうだな?」
崖の縁に立てられている塀にもたれ掛かり、少々悪戯っぽく聞いた。
「っ……。そう、いう風に聞こえた…・・?」
言われた瞬間、アイリはボッと顔を赤くしてそっぽ向きながら言った。
「ああ、そう言う風に聞こえたぜ」
と、何故か面白い。
「……まぁ、その……ここにいた時間が長かったからね…。戦争なんてものに
参加してたからさ、今までのトコより愛着ってヤツ?があるんだ……」
「戦争に巻き込まれたのにか?」
「う…うん、あぁ……」
消え入りそうな声でアイリは答えた。
「じゃぁ、アイリはまたこの国に戻ってくるのかい?」
「……あぁ…えと、うん。戻ってくる。
だって、…この国はあたし達の戻る場所があるんだから」
「銀嶺城かい?」
その問いに対して、アイリはコクリと頷き、
「あの城は、きっといつでもあたし達を迎え入れてくれる。
だって、あいつがいるんだもの。あの城にはあいつがいるから……。ずっと、
ずうっと……。
だから、あたし達はいつでも戻ることが出来る……」
きっとあいつは、笑顔で迎えてくれる……。
「なぁ、アイリ。さっきからずっと気になってたんだけどさ。
アイリの会話にでてくる『あいつ』って誰のことなんだ?」
素朴な疑問。唯一の代名詞。会話を聞いている上で、アイリは人を指す場合、そ
の人物の名前を呼んでいた。だが、たった一人だけ代名詞で呼ぶ。
『あいつ』。俺が知らない人物だからだろうか?それだけとは限らないと思うのだ
が……。
「……あいつのこと…?」
「そう」
「あ、あいつは…、あたし達の仲間だよ…。まだ本格的な戦争が始まる前に少し
の間だったけど、一緒に旅をしてたんだ。それから、成り行きで戦争参加するよう
になったんだけどね…。
……名前、呼ぶのがね、何となく可笑しくってね……」
苦笑いだった。ふ〜ん…。
「その…『あいつ』君は、どこかへ行かないのか?」
にやにやしながら、好奇心と悪戯心から聞いてみた。
「…………。
あいつは…………は、何処にも行けないよ。何処にも行こうとしない」
ポツリと言った。何処を見るわけでもなく。予想外の反応だった。
「あいつに、戻る場所や行く場所なんて無い…。
あいつの戻る場所はもう銀嶺城しかない。もう……。
いないから……。もう昔のようには…………」
表情の消えた顔でアイリは、蕩々と喋っていた。……マズッたな。
「…………ナッシュさん。 さっきは、『誰も戦いを強要しなかった』っていっ
たけど。ホントはね、二人だけ、二人だけ強要された人間がいたんだ……」
目の前にそびえ立つ闇に覆われた山々を見ながら、
「成り行きでね、戦いに巻き込まれて、どうしようもなかった。
一人はね、戦いなんかどうでも良いからどこかに逃げようって、ずっと言ってた。
自分たちに戦う理由なんて無いって…・・。
でももう一人の方は、戦いたくなかったと思う。でもね、戦わざるを得ない状態
だった。だから、どんなに逃げようって言われても、逃げなかった。逃げられなか
った。
ずっとあの二人は、戦いたくなんかなかった……」
ここでアイリは、言葉を止めて、また話し出した。
「『どうしてあの子が戦わなくちゃいけないの……』ってずっと言ってた。
あいつは、その言葉に笑うことしかできなかった。困ったような顔の笑顔…」
ずっとあいつらは、逃げたいのを我慢して戦ってた…………。
沈鬱な表情で言葉を紡ぐことしかできなかった。そして俺も、それをただ聞いて
いるしかできなかった。
「…………その二人はどうしたんだ?」
「…………。
一人は死んじゃった。あいつを庇って。誰よりもあいつのことだけを考えてて。
自分のことなんかお構いなしだった。最後の最後まであいつのことだけ、心配して
た……」
「だから、あいつは独りになっちゃった……。あいつは何処にも行けない……」
「ふふふっ」
と突然、アイリが可笑しそうに笑った。
「な、何だよ?」
「いやね。変なのって、思ってさ」
胡散臭く、眉に皺寄せて、
「一体何がだよ」
「なーんであたし、こんなにべらべら喋ってンのかなって、思ってさ」
アイリは笑ってた。さっきまでの暗い表情が嘘のように。
「それ、俺の所為か?」
「それ以外に、理由あるかな?」
「おいおい、何か俺が変な風に聞こえるじゃないか」
いい加減にしてくれ。ただでさえ、問題があるというのに、その上、偏見まで背負
い込む気にはなれんぞ。
「え?、ナッシュさん。今でも十分、怪しいよ」
「何だとっ!?」
「手遅れだね」
そう面白そうに言うと、軽やかに身を翻して
「へ〜んな気が起きない内に、あたしはマキさんの家に戻らせてもらうねっ」
バイバイッと茶目っ気たっぷりに手を振ると、何事もなかったようにマキの家に戻
っていった。
「……俺はそんなにも、怪しく見えるのか……」
などと打ちひしがれながら……、
『強い娘だな……』
遠ざかるアイリの背を見ながら、多分、そうでもなければ今まで生きてこれなか
ったのかもしれない。
旅から旅への生活。変化の連続である生活を生き抜くための処世術なのかもしれ
ないな……。
「それでも、怪しいってどういうことだよ。いくら何でも、酷くねぇか…」
(last up 2003?) →