酒場にて 




 アンヌの酒場で。

 ナディールの演劇が終わった後、酒場は興奮に満たされていた。
 今上演されている演目である、『決戦ネクロード』は人気が高く、いつもある程度の
興業収益を確保していた。
 配役は、主人公・トーマス、ネクロード・シバ、ビクトール・エース、フリック・フ
ッチ、シエラ・メル、ナレーター・アップルという配役だった。
 今回のこのグラスランドにおける戦いに参加している人間の多くは、過去、締南の統
一戦争にも参加しており、懐かしさから、人気が出ているのではないかと思われる。し
かし、エッジに言わせれば、デタラメも良いところ、であるらしい。

 ナッシュは、演劇を端で見ながら、珍しく休息を楽しんでいるようだった。
 本人曰く「年だから」、派手な重労働は好まないらしい。だが、一度連れて行くと、
期待以上に活躍してくれるものだから、本当に「年なのか?」と付いて回る人物である。
だいたい、37才と言ってはいるが、彼を見る限りそうは見えないのが現実であった。
「少し良いかしら?」
と、ナッシュがくつろいでいるテーブルに来たのは、先程まで演劇でナレーターを務め
ていたアップルだった。
「…別に、構わないけど……」
 珍しいな、と当たり前に思った。基本的に、彼女と接点は殆ど持ち合わせていなかっ
た。彼女自身、直接戦闘に出るわけではないし、関わりがあると言えば、集団戦闘の際
の部隊編成等の時であろうか。他は、自分としては隠密行動に徹しているため、顔を合
わすこと自体あまりない。

『本業の方が、バレたのかな?』

 だからと言って、そう困るわけではないのだが。
「ところでどうしたんだ、アップル?君が俺なんかに声掛けるなんて?」
若い子も好きだけど、アップルでも充分守備範囲内だぜ、といつも通り本心を見せない
会話。
「う〜ん、確かに貴方は顔は良い方だけど、だからって中身が保障できるか分からない
し、それに結婚なんて、一度で十分だわ」
「…………。結婚してたの?」
「ええ。でも離婚しちゃった」
「…何で?」
「旦那の浮気がウンザリするぐらい非道くってね。どうでもよくなって別れたの」
まぁ、あと邪魔だったし。と最後の言葉は末恐ろしいものがあった。
「………・・」
自称妻帯家。多少でなくても、気になる話であった。



「で、実際のところどうなの?」
「あぁ、うん、ちょっと訊きたいことがあったの」
「訊きたいこと? カミさん持ちだぜ?」
「そう言う事じゃなくて……」
「?」
「貴方、15年前締南軍に参加してなかったわよね?」
「? してないぜ。それがどうしたんだ?」
「そうよね。貴方ぐらいの技量の持ち主だったら、目に付くし、一〇八星の可能性だっ
て高いものね……」
「一〇八星って?」
「こっちの話」
「…………」
「でも、15年前、締南にいたことは確かなのよね?」
「………………、どうしてそう言う風な話になるんだ?」
 胡散くさげに尋ねると、アップルは右手の人差し指で今は閉じている舞台を指して、
「この間、短い間だったけど、今やってる劇のナレーターやってたわよね?」
「あぁ、何の因果か、やらされてたけどな。それが?」
「それでさ、台本にないオリジナリティ溢れるセリフで、劇、盛り上げていたわよね?」
「…………」
「あのセリフって、彼女、知っている人間でない限り、言えないのよね〜。
 すごい言い様よね。間違いではないけど、少し誇張が激しいかも知れないわよ?」
 ナッシュは、ぐいっとアップルに顔を近づけて、
「……何が言いたいんだよ?」
「雷、『本当に』落ちないと良いわね」
「…………」
「この間の壁新聞の美少女、シエラでしょ?」
この時、完全にナッシュは凍り付いてた。
「…おいっ、何人くらい知ってんだよ」
「そうね……、フッチやビッキー、ジーンさんは分かってるでしょうね」
前の戦い、参加していたから。後は…トウタ君とか。
「彼女の性格、確かに貴方のセリフが如実に語っているけど、だからって言って良いも
のかどうか……」
「…頼む、それ以上言わないでくれ……・」
「案外、聞こえてたりしてね。彼女の耳、旅をしたのなら分かってるでしょ?吸血鬼の
身体能力って人間の何倍もあるのよ」
 その上、彼女の場合『始祖』だからね。
「やめてくれぇぇ……」
 ナッシュは恐怖のあまり、テーブルの上に突っ伏せ、頭を抱え恐怖におののいている
のだった。
「でも、ま、言ってしまったもの仕方ないものね。一応、貴方の安全、祈っておいてあ
げるわ」
「それは、どうも……」
 この場合、祈ってもらっていてもあまり効果は見込めないだろう。何といっても、恐
らく、最古の『真の紋章』持ちだ。ハルモニア・ヒクサクでも勝ち目は……。
「あとそれともう一つ、忠告があったわ」
「何すか?」
「無闇やたらに、『カミさん』を持ち出さない方がいいわよ。
 その内、尻尾見せて墓穴掘ったら意味無いでしょ?」
「……肝に銘じておく」
 要は、見え見えのバレバレのようである。本物にとって見れば。
『侮れんな』
流石歴戦の軍師といったところか、頭を回すことには一枚も二枚も上手だった。

「……、マジでやばいよな」
 今更ながら、後悔することとなった。十五年前『口は災いの元』、身をもって実感し
たというのに。
「年のせいかね…。物忘れが激しくなってら」


 (last up 2002)